0-10【躾】



 自動ドアの開く音が深夜の店内に響きレジの奥から店員が顔を出す。


 しかし男が睨みつけると、店員はさっと席の方に顔を向け、母親らしき女がサンドウィッチを食べているのを確認する。


 母親が気にする素振りを見せないのをいいことに、店員もまた気にするほどの出来事ではないと自分を納得させたらしい。


 それ以上少年の方に目を向けることもなく、そそくさとレジの奥に引っ込んでしまった。




 ザリザリとアスファルトの駐車場に、少年の靴が擦れる音がする。


 街灯には無数の羽虫がたかり、それに紛れ込んだ大柄な蛾が何度も何度も灯りの入った硝子の覆いにぶつかっては、ばち……ごち……と鈍い音を響かせていた。



 男はそのまま少年を引きずっていき、車の後部座席に押し込むと再び顔を平手で打った。

 

「おい? 言うことがあんだろうが? なあ!?」

 

 そう言って再び顔を叩く。

 

 ばち……

 

 鈍い衝撃と共に血の味がした。

 

「……」

 

「おい? 聞いてんのか? 無視すんな……」

 

 ごちゅ……

 

 男の拳から飛び出た髑髏のシルバーリングが骨にぶつかる感触がして、生暖かい液体が額から垂れて少年の右目を塞ぐ。

 

「い……だ……」


 ルームライトの薄明かりの中、陰になって見えない男の顔に向かって少年は小さく呟いた。 


「はあ?」 


「い……や……だ……!!」

 

 今度はハッキリとそう言った。

 

 男は何も言わずにジッポで煙草に火を付けると煙を少年の顔に吹きかけた。

 

「あっそ……」

 

 その瞬間少年の腹に固くて重たい何かが突き刺さる。

 

 息が出来ずに背中を丸めて涎を垂れ流していると、男は少年のティーシャツを捲りあげて言った。

 

「詫びも入れれねえとか……躾がなってねえわ。母親失格だな」


 そう言って男は煙草の火を少年の背中に押し当てた。


 先程の殴打で痙攣する横隔膜のせいで、少年は悲鳴を上げることも出来ずただただ熱さと痛みに身悶えするしかなかった。


「もう謝んなくていいから。代わりに気が済むまでこれ続けるから」


 そう言って男は再び煙草を押し付けた。


 悲鳴を上げると腹を殴られ、声を失うとまた焼かれ、やがて少年はぐったりと動かなくなった。



「もーあんまりイジメないでよ?」


 その時母の声がした。

 

「てめえがちゃんと躾けてねえからだろうが? 代わりに俺が躾けてやってんだよ」

 

 男が煙草を吹かしながら言うと、母はくすくす笑って答えた。

 

「じゃあ躾のお礼をしないとね?」

 

 そう言って男の首に抱きつくと母は耳元で甘く囁く。

 

「家、行こっか?」


 男はそのまま口付けて舌を絡ませた。


 グチュグチュと湿った不快な音と、母の苦しそうな息遣いが、少年の掠れゆく意識の上澄みで幽かに木霊して、やがて無音の闇が訪れた。

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