0-9【冒涜】
真っ先に運ばれてきたサンドウィッチに視線が集まる。
微かに男の舌打ちが聞こえて、少年は手を伸ばすことが出来なかった。
いたたまれない気持ちで少年がサンドウィッチを見つめたまま固まっていると母の声がする。
「どうしたの? 食べないの?」
机に顎を乗せて覗き込むようにこちらを見る母と目が合い少年はボソリと呟いた。
「みんなのが来てから……」
その言葉を言い終わるより先に男の太い腕がぬっと少年の眼前に迫った。
シルバーの厳ついリングとブレスレットが残酷な光を放っている。
その手は皿に乗った二つのサンドウィッチの片方を乱暴に掴むと少年の眼前から姿を消した。
クチャクチャと咀嚼音が聞こえる。
少年が目だけ動かして音の方を見ると、男は不味そうな顔でサンドウィッチを頬張っていた。
「こんなもんよく食えるな……野菜ばっかじゃねえかよ?」
そう言って男は半分以上食べたサンドウィッチを少年の皿に戻した。
トマトの果汁がまるで血のようにどろりと垂れて、もう一つのサンドウィッチに染み込んでいく。
それを見た少年の中に得体の知れない黒い何かが蠢いた。
もう一度目だけを動かして男に視線をやる。
母の尻をまさぐっていた男はその視線に気がついて手を止めた。
「おい……? なんだよ? ムカつく目しやがって……」
そう言って男は少年の髪を鷲掴みにした。
「サンドイッチ食われてキレてんのか? ここで出る飯は全部な、俺の金で買った俺のもんなんだよ? おい? 理解ってんのか?」
そう言って男は少年の顔に平手打ちを見舞った。
焼けるような痛みが右頬を襲い、同時に右目から涙が流れだす。
それでも少年は男から視線を逸らさない。
どうしても逸らしてはいけない気がした。
神父のくれたサンドウィッチを守らなければ……
その一心で少年は男を睨みつける。
男の酷い冒涜からすれば殴られる事のほうが幾分ましなように思えた。
その目がよほど気に食わなかったのか、男は立ち上がると少年の襟を掴んで歩き出した。
店の外へと引きずられながら見た視線の先では、母が残りのサンドウィッチを一人むしゃむしゃと頬張っていた。
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