0-8【誘蛾灯と蠅】


 前を行く母を少年は駆け足で追いかけた。


 住宅地を抜けると、一台の車が路肩でハザードランプを光らせている。


「お待たせー」


 そう言って母は車の助手席に乗り込んだ。


 どうしていいか分からず少年が立ち竦んでいると、母は窓を開けて笑いながら言う。


「ほら……! 早く早く!」


 少年はおずおずと後部座席の扉に手をかけたが鍵がかかっていてドアが開かない。


「あ。悪いなぼうず、鍵かかってるわ」


 そう言って運転席の男が笑った。


「もー。開けてやってよー」


 母はケタケタと笑いながら男の肩を叩いた。


 男はおどけた顔を浮かべると鍵を開いて言う。


「ほら。開いたぞぼうず。さっさと入れよ」


 少年は頷きドアを開くと、後部座席に収まった。


 楽しげに話す二人の会話に耳を澄ませながらじっと気配を消していると、男が母の太腿をまさぐるのが見えた。


 母の短いスカートがたくし上げられ、男の手が上へ上へと登っていく様から、少年は目が離せない。


 母は甘い吐息を漏らしながら、それを楽しむように受け入れている。


 やがて男の耳を齧りながら母は甘えた声で囁いた。


「ね……から、続きはご飯の後で……ね?」

 

 男は下品な笑みを浮かべて母に口づけると、低い声で言った。


「たっぷり可愛がってやるよ」

 

 それを聞いた母が妖しく微笑むのを見て、少年の下腹にきゅぅ……と力が入った。

 

 

 郊外のファミリーレストランに着くと、男は少年に大声で言う。

 

「着いたぞ!! 腹いっぱい食わせてやるからな。ぼうず! 残すんじゃねぇぞ?」


 そう言って振り向きざまに怖い顔を浮かべる男に、少年は黙って頷いた。



 深夜のレストランはまばらに客がいるだけで、がらんとした淋しさが漂っている。

 

 並んで座り楽しそうにメニューを選ぶ二人の向かいで、少年もメニューを眺めていた。

 

 ページを捲ると、軽食のコーナーに昼間のサンドウィッチの写真があった。

 

 どくんと耳に血の流れる感触がする。

 

 ウェイトレスが注文を取りにやってくると、少年はそれを指差し言った。

 

「サンドウィッチ……ください」

 

「かしこまりました」と微笑むウェイトレスの言葉を遮って母が口を開く。

 

「あーサンドッチね。サンドイッチください」

 

「おいおい……サンドイッチって男がそんなもん食うなよ? 肉食え? な?」


 そう言って男はメニューに載った肉汁の滴るステーキをバンバンと乱暴に叩いてみせる。


 少年は首を横に降ってサンドウィッチを指さして言う。


「これがいい……」


 呆れたように男は鼻で笑うと自分の注文をウェイトレスに告げた。


 母は不服そうにメニューのサンドウィッチを眺めながら



「もっと高いのにすればいいのに……貧乏くさ」



 そうポツリと呟いた。

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