0-7【背中合わせ】
キツい芳香剤の臭いが充満する部屋の片隅で、少年は膝を抱えて座っている。
散乱するゴミ袋の影に隠れて息を潜ませる少年に蠅が
うんうんと甲高い唸りを上げて数匹の蠅が乱舞する。
異臭を放ち、ねばねばと菌糸に侵されたシンクでは、背中に覆いかぶさるようにして二匹の蠅が交尾している。
しかし少年の目は虚空を見据えて昼間の出来事を思い返していた。
神父の眼差しに宿るものの名を少年は知らない。
それは酷く心地よく、同時に死ぬほど辛かった。
泣き出したいような気持ちと、自分の身体を殴りつけたくなるような衝動が同居する。
それでいて嫌われるのが恐ろしく、喪失する可能性に思い当たると身体が戦慄を覚えた。
膝を抱えた手の先、人差し指の爪先は、ひっきりなしに親指の逆剥けを掻き毟っている。
そんな少年の鼻腔に嫌な臭いが侵入した。
部屋のあちらこちらに置いた芳香剤で誤魔化しても、鼻の奥に残る臭いが消えない。
ふとした瞬間に蘇る生臭い内臓の臭いが、少年の胃袋から先ほど食べたサンドウィッチを追い出そうとするが、少年は両手で口を覆ってなんとかそれに耐えた。
吐き出したくなかった。
神父が差し出したくれた優しさを、吐き出したくなかった。
しかしそんな少年の抵抗を嘲笑うかのように、不吉な足音が忍び寄ってくる。
錆びた階段をカツン……コツン……と踏みしだく、ハイヒールの音が近づいて来る。
ガチャ……と鍵の開く音がして、少年の母親が帰ってきた。
部屋を見渡し少年を見つけると、母は顔をぱっと明るくして四つん這いで近づいてくる。
ゴミ袋を押し退けながら近づく母に、少年は身体を固くして身構えた。
「捕まえたーーーーーー」
そう言って母は少年を優しく抱きしめ頬擦りする。
少年はじっと動かずに、母の頬擦りを受け入れていた。
言葉にならない安堵と困惑が、少年の中を駆け抜ける。
母親はまるで考える隙を与えないかのように、少年の両肩を掴むと、おでことおでこを合わせて言った。
「ね? お腹空かない? ファミレスにご飯食べに行こっか?」
少年が目を丸くして固まっていると、母はその手を取って立ち上がらせる。
「ほら!! 早く早く!! お母さんお腹ぺこぺこー」
少年はコクリと頷くと、母が作ったゴミ袋の谷を通って、部屋を後にした。
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