0-2【陰に佇む影】


 

 ぎぃこぉ。ぎぃこぉと鋸引く音が響く部屋に、啜り泣くような声がする。

 

 ぬっとん。ぬっとん。と肉捏ねる音に紛れて、嗚咽のような声がする。

 

 嗚呼泣かないで。愛しい子。

 

 もうすぐご飯にしますからね……

 

 

 *

 

 晴れ渡った聖日の昼下がり、小さな会堂の庭には多くの人が集まっていた。

 

 初夏の明るい日差しを受けて、きらきらと乱反射する鳳蝶アゲハの羽に目を留める者はない。

 

 炊き出しを受け取って足早に去っていく人々の背中を見送りながら、神父は胸の前で手を合わせ小さな祈りを天に捧げる。

 

 ……主よ。彼らの日要の糧を今日も与え給え……

 

 シン。と静まり返った会堂の庭に、神父が振り返ると、曲がった檸檬の幹の陰に、少年の姿を認めて足が止まる。

 

 固まる少年の顔に、うっすらと浮かぶ怯えに気が付き、神父は表情を崩して自身から漏れ出る緊張を解いた。

 

「どこの子かな? わたしはここで神に仕える神父だよ」

 

 少年はなおも張り詰めた空気を身にまとって檸檬の幹を抱えるようにして立ち竦んでいた。

 

 ……樹木の影のせいだろうか?

 

 少年の周りに纏わりつくように、暗い影が揺れ動いた気がして、神父は少年にちょい、ちょいと手招きしてみせる。


 躊躇うように視線を下げた少年を残して、神父はスタスタと会堂の中に入っていってしまった。



 ……行ってしまった……



 後悔の苦味が少年の口内に広がる。

 

 頭蓋の奥にまで染み渡った声無き慟哭が、少年を苦しめ始めた時、影がいっとう深くなった。

 


「お腹は空いてるかな? 良ければわたしのサンドウィッチを一緒に食べましょう」


 

 見ると太陽のフレアを遮るようにして籐籠のランチボックスを提げた神父が立っていた。

 

 差し出された手に縋るように、少年はほっそりとした腕を伸ばし、神父の手に触れる。

 

 

 誘われるように抜け出した木立の上方には、初夏の太陽が皐月の空に浮かぶ雲を白々と照らしていた。

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