3-3【悪夢への誘い】


 辰巳政宗は捜査資料を机に放ると冷ややかな声で言った。

 

「目を通しておけ。準備が整い次第作戦を決行する。それまでに一言一句違わず頭に叩き込んでおけ……! 話は以上だ」


 そう言って辰巳は室長室を後にする。

 




「すまない……僕にもっと力があればよかったんだが……」


 重苦しい沈黙を破って京極が口を開いた。


「いえ……室長の責任じゃありません……むしろわたしの事でご無理をさせてしまい申し訳ありませんでした……」

 

 頭を下げる真白に京極はひらひらと手を振って言う。

 

「以前君に手前、コレくらい出来なきゃ示しがつかないよ」

 


 二人がやり取りしていると、ずっと押し黙っていた犬塚が不意に顔を上げた。 


 何も言わずに踵を返すと、出口に向かいながら真白の肩に手を添える。



「来てくれ……話しておくことがある……」

 

「……?」

 

 真白がちらりと京極を見やると、彼は神妙な顔で黙って頷くだけだった。

 

 犬塚は何も言わずにずんずん廊下を進んでいくと、突き当りにある資料室の扉を開けた。


 ほとんど誰も来ない資料室にはスチールラックが立ち並び、過去の資料が詰まった段ボールは埃を被っている。



 部屋はひどくかび臭い気配がした。


 ひっそりと忘れ去られた過去の断片達が部屋の空気を現実とは異質なものに変えてしまったらしい。



 真白が続いて中に入るなり、犬塚はドアノブの鍵をかけた。

 

「ちょっと……!?」

 

 人気のない薄暗い密室に男女二人きり。

 

 真白は思わず警戒したが、犬塚は「開けんじゃねえぞ……」と呟いただけで、棚で出来た迷宮の奥へと進んでいく。

 

 迷うこと無く歩みを進めると、犬塚はとある棚の前で立ち止まった。


 埃まみれの段ボールを手に取ると、犬塚はそれを持って再び歩き始めた。 


 段ボールには【I-2043CODEIZABEL】と書かれたラベルが貼られている。

 

 部屋の奥には簡素な机とパイプ椅子があり、その上に段ボールを置くと犬塚がやっと口を開いた。

 

「座れよ……」

 

 犬塚は机の上のスタンドに明りを灯し、深々と椅子に腰掛けた。


 

「一体何なんですか……?」

 

 立ったまま尋ねる真白に犬塚が答える。

 



「これは……悪魔憑きのお袋から俺が保護されるまでの記録だ……」



 

 それを聞いて真白の目が大きく見開かれた。

 

「俺は……今もまだ……この呪縛から開放されちゃいねえ……」


 手を組んだまま、犬塚は段ボールを睨みつけて唸るように言った。 


「どういう意味ですか……?」

 

 真白は言葉を選ぶように呟くと、そっと椅子に腰掛けた。


 

「今回はガキどもと寝泊まりすることになる。それにお前ともな……」

 

「だから話しておく……」

 




「悪夢を見るんだ。保護されてからもずっと……」




 歯を食いしばる犬塚の手は僅かに震えていた。


 無音の資料室に、まるで震えを噛み殺すような、奥歯が軋む音がする。



 いつしか犬塚は脇にびっしょりと汗をかいていた。


 それでもなお、犬塚は震える息を吐き出すと、覚悟を決めたように言葉を紡ぐ。



 

「お袋は……男を家に連れ込んでは……その咀嚼音が、今も耳から離れねえ……」

 




 †

 

 

 そう言ってぽつりぽつりと先輩は話を始めた。

 

 これは先輩が語った想像を絶する悪夢の記録。

 

 わたしはこの事件をこう呼ぶことにした。



 Case 零 The Abnormal Nightmare

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