3-2【噂をすれば影】

 

 犬塚と真白が室長室を訪れているちょうどその頃、聖エリザベート孤児院の中庭ではシスター達が声を潜めて話し合っていた。

 

 綺麗に手入れされた左右対称シンメトリー刈り込み樹トピアリーの陰で交わされるヒソヒソ話を聞く者は、物言わぬ天使像の他には誰もいない。


 集められた訳アリの子どもたちの世話をするシスター達にとって、子どもが滅多に訪れないこの場所は数少ない憩いの場での一つであったが、その一方でこの場所は噂話の震源地という役割も果たしていた。


 清貧と貞操を神に誓う乙女と言えども、元来おしゃべりな彼女たちは、今日も厳格なシスターエレナの目を掻い潜って噂話に花を咲かせる。


「ねえ……また幽霊ゴーストを見たって子どもたちの間で噂になってるらしいよ……?」


 シスターの一人が重大な秘密でも打ち明けるかのように低い声で言った。


 すると別のシスターが意を決したように打ち明ける。


 

「実は私も……幽霊を見たかも知れないの……」



 その言葉でシスター達の視線が一斉に声の主に集まった。


 それを確認してから、声の主、シスター和恵かずえは深刻な顔つきでヒソヒソと話始める。


「このあいだ十三人の子どもにお皿を配ったの……でもね……お皿が余るの。それで子どもの人数を数え直すんだけど、やっぱり子どもは十三人いて……仕方ないからそのまま無視して食事にしたの……あとで名簿を確認したんだけどやっぱり子どもは十二人しかいなくて……あれは絶対幽霊だと思うわ……!!」


 シスター達は互いの肩を叩き合って小さな悲鳴をあげた。

 

 しかしそこに眉間に深い皺を刻んだシスターエレナが現れた途端、シスター達は一斉に口をつぐんだ。

 

「皆さん……何をしておいでですか……?」

 

「シスターエレナ……その……重大な問題が発生している可能性が……!」

 

「お黙りなさいシスター和恵。言い訳は結構です。低俗な噂話を広めているのはあなたですね……? あなたがそんなだから子ども達もありもしない幽霊話を信じるのです。ついて来なさい。部屋でゆっくり話をいたしましょう」


「はい……シスターエレナ……」

 

 しょんぼりと肩を落としシスターエレナに続く和恵に向かって他のシスター達が声を出さずに声援を送った。

 

 それに弱々しく笑い返すと、和恵は引かれていく子牛のようにシスターエレナの部屋へと連れられていった。

 

 

 

 †


 

「そういうわけだから……君達二人には聖エリザベート孤児院に潜入してもらう……」

 

 京極は椅子に座り直すと低い声で言った。


「しばらくは泊まり込みで子ども達と行動を共にしてもらうことになる。君達の仕事は子ども達の保護だ」

 

「悪魔憑きの確保はどうするつもりですか?」

 

 真白の質問に京極はため息を付いてから答えた。



「今回の事件は特別公安との共同作戦になる」

 

「またガキを犠牲にして悪魔憑きを殺ろうって腹か? この前といい、囮の時といい、特公なんか信用できるわけねえだろうが……」

 


 黙って話を聞いていた犬塚が目を細めて静かに言った。


「この件に関してはわたしも犬塚さんに同感です。子どもの安全を考えれば特公との共同作戦には賛成できません」



「悪いが僕達はこの件に関して決定権を持ち合わせちゃいない……そもそもこれは本来ロスト・チャイルドうちの案件じゃないんだ。教会の根幹を揺るがしかねない、謂わば特別公安の案件だよ……」 



「どういう意味ですか? じゃあなぜわたしたちを?」

 


「入ってくれ……」


 京極は室長室に設けられた来賓用の部屋に繋がる扉に向かって声をかけた。


 

「失礼する」

 

 そう言って室長室に入ってきたのは特別公安所属の祭司階級、辰巳政宗その人だった。

 

「君達を今回の作戦に組み込むよう決定したのは辰巳政宗祭司だ……」

 


「そういうことだ。犬塚の能力は孤児院に潜んだ悪魔憑きを探し出すのにうってつけだ。本音を言えば捜査犬だけ借りられればそれでよかったのだが、室長がどうしてもと譲らなかったのでにも参加してもらうことになった。貴様らに拒否権はない。現場では私の指示通りに動いてもらうからそのつもりでいろ…」

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