異端審問報告書【丹村高使】
枢機卿の一人が長椅子に腰掛け杖を支えに丹村高使を眺めていた。
会堂の地下、石造りの小部屋の中で、ぜえぜえと男の荒い息遣いが行き場を失い彷徨っている。
ステンレスの台の上には怪しい薬瓶と手術用の器具、そして工具が置かれていた。
「強情だな……」
枢機卿が静かにそう言うと、審問官が僅かに身体を反応させる。
「知らぬものは知らぬ……」
頑丈な枷で台に磔にされた男がぎらつく目で枢機卿を睨んで言った。
「そうとは限らん……うっかり忘れている……ということもあり得る」
そう言って枢機卿は立ち上がると審問官に耳打ちした。
重たい鉄の扉を開けて審問官は出ていくと、ポリタンクを抱えて帰ってきた。
「君達ネクロマンサーはよく理解っている……」
そう言って枢機卿は男の足首から先を透明の四角い箱のようなもので覆った。
「骨に呪文を刻むのは、骨が生前の記憶を覚えているからだ。エバはアダムのあばら骨から創造されたが、あれも同じことだ。科学的に言えば遺伝子かね?」
箱には足首を覆うようにパッキンが備えられており、中が密閉できるようになっていた。
「君が忘れてしまったのならば、我々も君ではなく、骨に聞いてみるとしよう……」
枢機卿の目配せで審問官は男の足先に付けられた箱にポリタンクの液体を注いだ。
足首から先が全て液体に浸かると、審問官は注ぎ口に栓をして液体が漏れることのないようにしっかりと締め付けた。
ひりひりとした痛みが男の足を襲った。
やがてそれはじくじく……じくじく……と肉を蝕む疼痛へと姿を変える。
脂汗を垂らして耐えていたが、とうとう男は頭を台に打ち付けながら叫び声を上げ始めた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……!! 足がぁぁあああああああ……!! 私の足があああああああああ……!!」
透明だった液体は赤く変色し、溶けた肉片がもろもろと漂っている。
「焦るな……まだ肉に聞いている段階だ。言ったはずだぞ? 君の骨に聞くと……」
枢機卿は男の目線に自分の目線を合わせて言った。
「何が聖教会だ……!! この悪魔め……!! 地獄に堕ちろ……!!」
そう叫んだ男に向かって枢機卿は微笑んだ。
「その暴言も神はお赦しになる。もちろん私も赦そう。だが……君に聞きたいのはニムロドの血を誰が持っていたのかということと、悪魔崇拝者達の棲家、そして規模だ……」
「知らない……知らない……知らない……知らない……」
「よかろう……邪魔な肉が溶け切ったら、今度こそ骨に聞くとしよう……それに」
「話を聞くことの出来る骨は、まだまだ沢山残っているわけだし……焦ることはなかろう……」
そう言って枢機卿は男の手足を指でなぞってから審問官に言った。
「殺すな。生かし続けろ」
頭を下げた審問官を一瞥して、枢機卿は扉を開けた。
「それでは御機嫌ようネクロマンサー……二、三日したら、何か思い出していないか聞きに戻ってくるよ……それまでは審問官の言うことをよく聞いて、ゆっくり待っていたまえ」
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