2-43【沈黙の神】
明らかに今までと顔つきの違う丹村がそこには立っていた。
それを見た犬塚の本能が何かを感じ取り、蝋燭の明りを吹き消すようにふっ……と瞳から光が消えた。
「どういう意味だ……? 俺はお前に嘘なんか吐いてねえぞ……?」
丹村はその言葉でそっと腕を上げ指さした。
その指は、どうやら開いた扉の死角を指しているらしい。
犬塚は銃を両手で構えたまま、つま先で扉に足を掛けた。
きぃぃぃぃい……と音がして、ゆっくりと動いた扉の裏には……
両目をくり抜かれた橘咲が壁に磔にされていた。
その心臓には聖教会の紋章が入った銀の剣が突き刺さっている。
「馬鹿な……!?」
見開いた目で思わず口走った犬塚だったが、すぐさま父子に視線を戻した。
すると恨みと悲しみに犯された目で、丹村が犬塚を睨みつけたまま言う。
「あんたが橘を車に残したせいだ……やったのは父さんじゃない……父さんはずっとここにいた。特公がやったんだろ……? 俺を炙り出すために……!!」
「よく考えろ……この短時間でそんなことが出来るわけねえ……これは明らかにお前に仕向けられた罠だ……冷静になれ……!!」
犬塚は再び銃口を父親に向けて低い声で言った。
「てめえの仕業だな……? 何が狙いだ……?」
「黙れ!!
丹村が犬塚の言葉を遮り怒鳴り声を上げる。
「お前ら教会はいつだってそうだ……正義の側に立って、弱者の側に降り立つことはない……!! ”汝、悲しむ者と共に悲しめ” そんな教えを説いておきながら、上から目線で裁くばかりの嘘吐き野郎だ……!!」
犬塚はそれには何も答えず、ぐっ……と目を細めた。
「遠藤周作の”沈黙”を読んだことがあるか!?」
丹村は嘲笑うような表情を浮かべて唐突に尋ねる。
「神は沈黙したまま何も語らない……今だってそうだ……これが偽物の橘なのか、本物なのかすら……教えてくれない……どれだけ僕が尋ねても神は沈黙したままだ……」
「そんな神をどう信じればいいんだよ!? あんたには語るのか!? なら神に橘を生き返らせるように言ってくれよ!! 何の罪もない無関係の橘を生き返らせてくれよ……!!」
「これが本物かどうかは神に聞くまでもねえ……調べれば済むことだ……」
そう言って犬塚は橘の遺体に手を伸ばそうとした。
「やめろぉおおおおおおお……!! 橘に触るなああぁぁああああ……!!」
丹村の叫び声と共に、見えない強大な力が犬塚を真上から押さえつけた。
押しつぶされぬように、犬塚は片膝を付いて何とか堪らえようと踏ん張ばりながら言う。
「なに……しやがった……?」
「僕は橘を守るために神を棄てる……助けてくれない神なんていらない……!!」
「支離滅裂だろ? 橘が死んじまったら守るもくそもねえだろうが……!?」
「橘は生き返る……僕はそのためなら……悪魔に魂を売ってもかまわない……!!」
その時、丹村の脇に立った父親が狂気じみた笑みを噛み殺して、肩を震わせていることに犬塚は気が付いた。
「てめえの狙いはこれかぁああああああ……!!」
犬塚が引き金を引こうとした瞬間、それに気づいた丹村が手を伸ばす。
するとまるで巨大な木槌で殴られたような衝撃が犬塚を襲い、犬塚は呻き声を上げて地に伏せった。
もはや声を出すことも出来ないほど、強烈な重力が犬塚にのしかかる。
犬塚はそれでも骨を軋ませながら藻掻いた。
無様に這いつくばいながらも、一歩、また一歩と丹村に向かう。
「や……め……ろ……」
声を絞り出しながら丹村に伸ばした犬塚の手を、父親が無慈悲に踏みつけた。
「諦めなさい……神では我々を救えない。罪と理解っていても、救いたいと思うのが愛だ……愛を知らない教会の盲信者達には理解できないだろう……」
「てめえの……それは……愛なんか……じゃねえ……!! ただの……エゴだ……!!」
犬塚を見下しながら、父は口角を上げて言った。
「何とでも言えばいい……道隆、腕を出しなさい。仕上げをする……」
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