2-42【穢れた祓魔師】


 処置室の奥には居住スペースに繋がる両開きの扉があった。

 

 犬塚はリボルバーカリヨンを構えて慎重に扉の前へと進む。

 

 じゅくじゅくと両足を蝕む痛みが、今になって気になり始め、犬塚は思わず顔を歪めた。

 

「くそが……」

 

 真白の蛇の眼に代償が存在するように、犬塚の虎馬にも当然代償がある。


 それは虎馬を発動すれば敵か己かのどちらかが、という恐ろしいものだった。敵を喰らわせれば犬塚は代償を免れるが、餌を与え損ねれば自身が虎馬の餌食となる諸刃の剣……


 弐の塚を行使した代償は、犬塚の足を今も貪り続けていた。

 

 痛む足を引きずりながら、犬塚はそっと扉の前に立つ。

 

 扉には父親のものと思われる血痕がべったりと付着していた。

 


 犬塚はそれを一瞥してから静かに扉を開くと、音もなく隙間の闇へと滑り込んだ。

 

 薄暗い部屋に目を凝らすと、山小屋風の室内に、使い込まれた木の家具達がぼぅ……と浮かび上がる。


 アンティークガラスの嵌ったカントリー調のキャビネット、重厚なウォルナットのダイニングテーブル、ハンドメイドの食器や、木の器が仕舞われた食器棚……


 そのどれもがここで繰り返されてきた、丁寧な生活の残像を宿しており、それが却って犬塚の心を苛立たせた。

 

 犬塚は大きく息を吐き出すと、鼻をひくつかせ、丹村に纏わりつく父親の臭いをたどる。

 

 血の臭いを辿って進むと、一つの扉に行き当たった。

 

 その扉はしっかりと閉ざされているにも関わらず、冷たく重い空気が漏れ出してくるようだ。

 

 犬塚が扉のノブに手をかけると、中から丹村の啜り泣くような声と父親の諭すような声が聞こえてきた。

 

「……ないことなんだ……」

 

「……んな……なぜ……」

 

「か……の魂は……えの手に……いる……」

 

「彼女……関係ない……」

 

「もう……か……は……しかない……だ……道隆!!」

 


 死んだ……?

 

 確かにそう聞こえた、その言葉の持つ不吉極まりない響きに弾かれるようにして、犬塚は扉を蹴り破ると銃を構えて叫んだ。

 


「動くな……!! 大人しくガキを渡せ……!!」

 

 犬塚の目に父の隣で俯く丹村の姿が飛び込んできた。

 

 丹村は酷く憔悴し、まるで生きる気力を失ったかのように見える。

 

 犬塚は銃口を父親に向けながら丹村に言った。

 

「大丈夫だ……お前の呪いはもう解けてる。俺の方に来い……!」

 

 しかし丹村は小さく震えたまま動かない。

 

 犬塚は父親を睨みつけながら叫んだ。

 

「てめえ……一体コイツに何しやがった……!?」

 

 父はくくくと身体を震わせると狂気じみた笑みを浮かべて犬塚を見つめて言う。

 

「何も? ただ教えてやっただけだ」

 

 バーン……と銃声が鳴り響き、父親の頬に血の線が走った。

 

「次は威嚇じゃ済まさねえ……回りくどいやり取りに付き合ってやるほど、俺は気が長くねえんだよ……!! 丹村を開放しろ……」

 

 そう言って低く唸る犬塚に、父はおどけたように顔を顰めてから丹村に言う。


「だそうだ……道隆。お前のやりたいようにしなさい……」

 

 犬塚は油断なく父親を睨みつけたまま、丹村に向かって手を伸ばした。


 

「来い……! 橘が待ってんだろうが……!?」

 


 その言葉で丹村はゆっくりと顔を上げた。

 

 その目からは血のように赤い涙が流れている。

 

 怒りと悲しみ、そして怨嗟に満ちた目で、丹村は犬塚を睨みつけると、聞いたことの無いような穢れた声で言った。

 


 

「大嘘吐きの穢らわしい祓魔師エクソシストめ……」

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