2-41【兄妹】

 

 真白の目の前で辰巳は大小二本を交差させ、ウリの突進を真正面から受け止めている。


 自分を毛嫌いしているはずの兄の行動に、真白は目を疑ったが、そんなことはすぐに頭の中から消し飛んだ。


 

 ぼたぼたと落ちるウリの黒い血に混じって、辰巳の赤い血が滴る。


 ガチガチと歯を鳴らすウリを食い止める辰巳の肩と脇腹には、ウリの肋骨が食い込んでいた。

 

「兄さん……!!」

 

 助太刀に入ろうとする真白に辰巳は鋭い声で叫んで言った。

 

「来るな……!! 返し技頼りのお前に何が出来る……? 邪魔だ!! 引っ込んでろ!!」

 

 しかし真白はその言葉を無視して辰巳の脇をすり抜けると、ウリの頚椎目掛けて刀を抜いた。

 

 動かぬ腕はだらりと垂らし、身体の捻りだけで抜刀する。

 

 片腕だけの心許ない腕力に、遠心力と重力を重ねた、今の真白に打てる精一杯の一太刀……

 

「あ゙ぁぁぁあああああ゙あ゙あ゙……!!」

 

 ありったけの気合を込めて振り抜いた刃は、ウリの強靭な毛皮を切り裂き、深々と肉に食い込んだ。

 

 

 ごき……

 


 しかし骨と鋼のぶつかる鈍い音がして、刃が止まる。

 

 ウリは辰巳から顔を逸らし真白に向かって口を開いた。

 

 傷口から咽頭に回った血が、喉の奥で底なし沼のようにごぼごぼと泡立っている。

 

「寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せぇぇえ!?」

 

 咆哮を上げ、血に染まった鋭い前歯を大きく開くと、ウリは真白の喉元に喰らいついた。



「馬鹿者……!! 貴様の武器はそのだろうが!? 最期の瞬間まで目を閉じるな……!!」 


 死を悟り、固く閉じた目を開くと、ウリの下顎と上顎に脇差しを噛ませた兄の手が見えた。

 

「虎馬を使え……!!」

 

 兄の言葉で我に返り、真白は真紅に染まった蛇の眼でウリの目を睨む。

 

「放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ」


 ウリの唸り声に混じって喉の奥で粘つく血液がゴボゴボと気泡を立てたが、蛇の眼に睨まれたウリの身体は微動だにすることが出来なかった。

 

 辰巳は小さく吐息を漏らすと、叫ぶウリなど眼中に無い様子でふらりとウリの脇に立ち、太刀の柄に唾を吐いた。

 

「しっかり刀を握っておけ……関節に刃を合わせろ……」

 

 真白はウリの目を睨んだまま刀が伝える感触に従った。

 

 それを気取けどった辰巳は上段に構えた太刀を音もなく振り下ろす。

 

 辰巳一刀流、組の陣”爻刃月こうじんのつき


 真白の刀の背を辰巳の刀が滑るように撫ぜた。



 ごと……

 

 と音がしてウリの首が地に堕ちた。

 

 ウリの目からすぅ……と光が消えていく。

 

 その光が消える間際、ウリは真白の目を見て消え入りそうな声で呟いた。

 

「ありが……とう……」

 

 動かなくなったウリの脇で真白は崩れ落ちるように腰をつく。

 


「次から次へと化け物を造りよって……穢らわしい悪魔崇拝者め……」


 ウリの頭部を見下ろしながら辰巳が舌打ちして言った。

 


「次から次ってどういう意味ですか?」

 

「学校にも似たような化け物が現れた……裏で手を引いていた男も判明した……ここにいるかと思ったが、とんだ無駄足だった……」

 

 そう言って辰巳はフラフラと車の方に歩いていく。

 

「どこ行くんですか? 丹村親子を確保に来たんじゃ!?」

 

「言っただろ……裏で手を引いている男がいると……私の部下の坂本がそれだ……」


 苦々しくそう口にする辰巳の目には冷たい炎が揺れていた。


「坂本は丹村の父親が死霊使いネクロマンサーだということを始めから知っていた可能性が高い……そのうえで父親が先手を打てるようにこちらの情報を流していた……」


「こんな辺境の悪魔崇拝者の詳細まで把握しているところを見るに、坂本は悪魔崇拝者共の深部に繋がっている可能性がある……奴の確保が最優先事項だ……やられた部下のためにも、落とし前は必ず付けさせる……!!」


 そう言って食いしばった辰巳の奥歯がぎりぎりと音を立てた。



「こっちはお前たちに任せる……父親は必ず生け捕りにしろ。いいな?」

 



 じろりと真白を睨んでから、辰巳は再び歩き出した。

 

 真白は少し躊躇ってから、その背中に向かって叫んだ。

 

「助かりました……! ありがとうございます……!」

 


 その声に辰巳はピタリと足を止めたが振り返らずにつぶやいた。


「言っておくがお前が祓魔師を続けることを認めたわけではないぞ……? お前が死ねば家を守る者がいなくなる………だから手を貸した。それだけだ」

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