2‐37【心の病み】



「心を病んだ哀れな子羊……君達は私とよく似ている……」

 

「丹村くんに掛けた呪いを解呪しなさい……さもなければ、この場であなたを断罪します」

 

 真白は男の言葉には耳を貸さずに真白は刀を抜くと、切っ先を男の顔に向けて有無を言わさぬ調子で言った。

 

 すると男は両手を上げて静かに口を開く。

 

「悪魔憑きでもない私に、祓魔師と戦う力はない……それに道隆の呪いとは距離に応じて命を奪う黒魔術ブードゥーのことだろう……? それならもう心配はいらない」

 

「その言葉を素直に信じろと……?」




「おい……こいつを殺すぞ……嫌な予感がする」


 犬塚が銃口を男に向けて呟いた。


 しかし真白は銃口を掴んでそれを制す。


「待ってください……呪いが解けた確証はありません……」


 男はその様子を見やると無造作に立ち上がった。


「動くんじゃねえ……何か感じ取ればすぐに撃つ。俺はこいつと違って躊躇しねえぞ……」


 

「ふん……噂通りの狂犬振りだな……犬塚賢吾。まだ悪夢は続いているかね?」

 

「なんだと……?」

 

「ずっと悪夢が続いているんだろう? 可哀想に……神は助けてくれないのか?」

 

「なんのつもりか知らねえが、カウンセラーの真似事なら他所でやれ。お前とこれ以上口を利くつもりはねえ」

 

「不都合な事象が起こればすぐにそうやって壁を作って孤立する……典型的な防御反応だ。そんなに傷つくのが怖いかね?」

 

 男は前かがみになって目を細めると、犬塚の目を覗き込むようにして言った。



「そうやって過剰に牙を向いて繋がりを断ち切ってきた結果、君は大事な被虐待児童を犠牲にしてきたわけだ……」

 

「黙れ……!!」

 

「とどのつまり、君は子どもを守りたいんじゃない。可哀想で非力な、過去の自分を必死で守っているだけだよ。心を病んだ祓魔師エクソシスト



「うるせえってんだよ……!!」

 

 犬塚の怒声と共に一発の銃声が響き、同時に男は左腕を押さえて呻き声をあげる。



「犬塚さん……!! 安い挑発です……!! 冷静になってください……!! あの男の命と丹村くんの魂がつながってたらどうするんですか!? 相手が何を狙っているか不明な以上、殺しちゃ駄目です……!!」 



 犬塚の銃を持つ手を押さえながら、真白は訴えかけるようにそう言った。




 その様子を見て男は人知れず小さく口角を上げる。


 白衣の袖が血でみるみる赤く染まっていったが、それでも男が口を閉じることは無かった。

 


 

「君はどうだ? 辰巳真白……どうして兄のように教会に忠誠を誓わなかった?」 


 男は蔑むような目で言った。



「なぜ兄のことを……?」

 

「そんなことはどうでもいいことだ……大事なのは、君が何を信じ、何を疑っているのか……それだけだよ。君の友だちなら何と言う?」

 

 

「おい……断罪を許可しろ……俺の本能が言ってる。こいつは危険だ。今すぐ殺したほうがいい……」

 

「駄目です……!! おそらく教会内に裏切り者がいます……わたし達の情報を漏洩リークした裏切り者が誰かを聞き出す必要もある。なんとか生け捕りにしないと……」

 

 

「またそうやって意見の食い違いで犠牲者を出すのか!? 成長しないな……痛みを拒むからだ……痛みは悪じゃない。痛みは人を成長させる至高の存在だ……君達は痛みを知ってる。何の危険もない大聖堂の中で綺麗に着飾った豚どもとはわけが違う!! わたし達は似た者同士だ。傷付き、心を病んだ、似た者同士……道隆もそうだ。傷付き痛みを知っている至高に近い存在だ。我々が争う必要はない。互いに歩み寄れる!!」

 

 男が放つその言葉で犬塚の目が暗く澱み、全身から殺気が吹き出すのを真白は感じた。


 牙を剥き出しにした犬塚が、唸るような声で男に言う。 


「ふざけるな……何が似た者同士だ……てめえは自分のガキの心を無茶苦茶にした加害者だろうが? 加害者が被害者に向かって同じだの、歩み寄れるだのと、お上品な言葉で馬鹿げた理屈を押し付けるんじゃねえ……!!」

 

 それを聞いた男の蟀谷こめかみがぴくりと動き、目をいっそう細めて犬塚を睥睨する。


 犬塚はそんな男を睨み返すと、銃口を額に向けて宣言した。


「俺達は似た者同士なんかじゃねえ。俺は被害者で、お前は加害者だ……!!」

 

 男は深く溜め息をついてから両手を上げて言った。


「どうやら相容れないようだね……だが私は君等に抗う術がない……大人しく投降しよう……その前に、一つだけやり残したことがある。うさぎに餌をやらせてくれ。道隆が大事にしてるうさぎだ」

 

 

 そう言って男はゆっくりと足元にあるラビットフードの袋に手を伸ばした。

 

 封の切れていない新品の袋を振ってガサガサと音を立てると、男は呟くように言う。

 

「うさぎとは恐ろしく耳のいい動物でね。遠く離れた敵の音でも察知して逃げ出す事が出来る」

 

「おい……動くんじゃねえ……!!」


「まあ聞きたまえ。それに強靭な脚力も備えている。鋭い前歯もある。案外凶暴な生き物なのだよ」

 

 そう言って男はカラカラと音を立てながら皿にフードを注いだ。

 

 その時、二人には聞き取れないほど小さな声で男はこう呟いた。

 

 

「さあ。。餌の時間だよ」

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