2-36【悪夢の扉を開いて】
「見えたぞ……診療所だ」
犬塚は低い声でそう言った。
非常灯の緑の明かりが薄暗い森の中にぼんやりと光る様は得体の知れない不気味さを醸し出している。
診療所の前の空き地に車を止めると犬塚と真白はそっと扉を開いて外に降り立った。
「悪魔憑きのニオイは……?」
真白の言葉に犬塚は首をふる。
「いいや……薬品の刺激臭と……血の臭いだけだ」
それを聞いた真白は小さく「そうですか……」とこぼしてから大きく深呼吸をした。
その時犬塚が再び口を開く。
「すまねえな……付き合わせちまって」
その言葉に真白は目を見開いたが、すぐに緩んだ口元を引き締めて、犬塚の肩を小突いて言った。
「言っときますけど、わたしはわたしの判断でここにいるんです! 先輩の暴走を食い止めるために! それに……わたしはもう誰も犠牲を出したくないだけですから」
「そうかよ……」
犬塚は肩をさすりながらそう言うと、再び口を開いた。
「もう一つ先に言っておく事がある。さっき虎馬を使った代償で足をやられてる。俺の機動力は作戦に組み込むな……」
「歩けるんですか……?」
真白が真剣な声で尋ねると、犬塚は頭を掻き毟りながら答えた。
「ああ。ガキを担いで歩くくらいは問題ねえ……だが、悪魔憑きクラスの奴との肉弾戦は正直きついな……」
「わかりました。戦闘になれば先輩はわたしのサポートと丹村くんの警護をお願いします」
犬塚は頷くと、シートを倒して丹村越しに言った。
「そういうわけで今度こそ嬢ちゃんはここまでだ。丹村の解呪が済めばすぐに戻って来る。絶対出てくるんじゃねえぞ?」
橘は不安そうに丹村に目をやった。
すると丹村が小さく頷く。
犬塚はぐったりした丹村をシートから抱き上げると、そのまま左の肩に担ぎ上げた。
祈るようにこちらを見つめる橘の姿が遠ざかっていくのを眺めながら、丹村は犬塚から伝わる揺れを感じていた。
遥か昔に父の背中で同じ揺れを感じた事を思い出す。
そう……
あれは確か、初めて父さんと処置室に入った日の……
その時、霞む視界の端に開け放たれた扉が見えた。
格子状の金網が貼られたその扉を目にして、何かが丹村の脳裏を掠めたが、それが何を意味するのかは分からない。
言わなきゃ……
でも……何を……?
橘の歌声が遠ざかっていくのと同時に、丹村の意識は再び悪夢の中へと沈んでいった。
「診療所の奥から男のニオイがするが……いやに落ち着いてやがる……」
「罠の可能性もあります。わたしが先行するので先輩はわたしのあとに続いてください」
そう言って真白は診療所の扉に手をかけた。
そっと開いたはずの扉からカウベルの音がカラカラと響き渡る。
苦虫を噛み潰したような顔をしていると、診療所の奥から声がした。
「入りたまえ……罠など無い。話をしようじゃないか」
二人は顔を見合わせて頷くと、慎重に薄闇の奥へと進んでいく。
緑のランプが背後に遠ざかるにつれて、足元に設置された蝋燭が数を増していった。
無作為に置かれる
踊る影達を引き連れながら、二人はとうとう処置室の前にやって来た。
犬塚が片手で
「
男はにぃ……と口角を上げると、慌てた様子もなくゆったりとした口調で言った。
「やあ……待っていたよ。心を病んだ祓魔師達……」
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