2-33【司祭階級】

 

 襤褸を纏った男の口からたらたらと幾筋もの涎が垂れ下がる。

 

 辰巳は先程までの怒号が嘘のように、静かに、そして無造作に男の方へと近づいていった。

 

 カツカツと革靴が体育館の床に打ち当たる音が響く。

 



 男もそんな辰巳に何かを感じ取ったようでパキパキと体中の関節を鳴らしがら臨戦態勢を取った。

 

 犬のように四つん這いになり、尻を高く上げて唸る姿に辰巳は顔を顰めて言う。

 

「どこぞの馬鹿犬を思い出して不愉快極まりないな……だが好都合だ。刀を使う手間が省ける」



 辰巳は首から下げたロザリオを取り出し男に向かって突き出すと大きな声で祈って言った。


『犬ども、魔術を行う者、不品行の者、人殺し、偶像を拝む者、好んで偽りを行う者はみな、外に出される。』


「主よ。今その御言葉の通り、かの者を暗闇に追放し給え……!!」


 辰巳のロザリオが白く輝き、閃光が男を呑み込んだ。


 男は危険な存在ではあったが、それはあくまで生徒や一般人を守るという点においての話しだった。



 司祭階級にある人間は、祈りと断食によって積み上げられた徳と、個々人に与えられた賜物に応じて、聖書の文言から神の御業を行使することが出来る。


 辰巳に与えられたという賜物を持ってすれば、邪悪で凶暴なだけの男を屠ることなど造作もない。




 はずだった。



 違和感を覚えて辰巳は咄嗟に身を躱す。


 しかし光の線を突き抜けてきた黒い塊を完全に躱すことは叶わず、その左肩からは血が滴り落ちている。


「ぐっ……」

 

 痛みに顔を歪めながら、辰巳は自分の肩を切り裂いていった男の方に視線を向ける。

 

「どういうことだ……? なぜ神の御力を前に悪魔憑き風情が平然としている……!?」

 

 しかし男はその言葉には何の反応も示さない。

 

 血で汚れた右手の爪を、異様に長い舌でベロベロと舐めあげると、再び辰巳を睨んで唸り声を上げ始めた。

 

 

 ダン……

 ダン……

 ダン……

 

 その時応援に駆けつけた女が男に発砲した。

 

 相変わらず男は傷ついても何も気にする素振りがない。

 

「辰巳隊長……!! この男、悪魔憑きではありません……!!」 


「どういうことだ!?」

 

 辰巳は男との間合いを取ると、今度こそ大小二本を抜刀して叫んだ。

 

魔障探知機レーダーに反応がありません……!! この男は事実上人間です……!!」

 

「馬鹿な!? こんな人間がいてたまるか……!! 教会のデータにアクセスして過去の症例を探れ!!」

 

 グルグルと唸り声をあげる男を睨みながら、ジリジリと辰巳は間合いを維持した。


 女はその隙に教会のデータベースにアクセスして合致する可能性を絞り込んでいく。 


「類似の症例がヒットしました。恐らくその男は……何らかの黒魔術によって生み出された異形です……!!」


「ここからは仮説ですが、悪魔や悪霊の憑依、そしておそらく人間の魂も欠如していると思われます。よって神の御業を中心とする霊的な攻撃が通用しない可能性があります……!!」

 


「対処法は……!?」

 

 ガチガチを音を立てて繰り出される噛みつきを躱しながら、辰巳が叫んだ。

 

「現状では拘束や主要器官の切断を用いて行動不能にするしか対処法はないかと……」

 


「なら好都合だ。刀の錆にしてやる……」

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