2-32【背教者】


 突然姿を現した男に辰巳は目を細めた。

 

 逆光に目が慣れ浮かび上がった姿に思わず顔を顰めて言う。

 

「坂本……!? ここで何してる!? 侵入者はどうした?」

 

 坂本は首を傾げて考え込んでから拳で手のひらをぽんと打った。

 

「そう! 侵入者! あれは誤報だったんです! 侵入者じゃない!」


 明らかに普段と様子の違う坂本の姿に、辰巳は鞭を捨てて、腰に帯びた大小にそっと手を掛ける。


 モニター係の女も横目でそんな辰巳を認めると、静かにベレッタを手に取った。 


「どういう意味だ……」

 

「侵入者とはすなわち、入ってはならない場所に無断で入ってくる者を指すと思われますが……」

 

 そこまで話すと坂本は辰巳から視線を外すこと無く、手を広げて恭しく礼をして言った。 




 

 

 逆光の中にもう一人、襤褸を身に纏った男の影が現れる。

 

 壇上からでも分かるほど大きく肩を上下させながら苦しそうに息をする影を見た瞬間に、辰巳の中の本能が大音量で警告を発した。

 


「全員直ちにドアから離れろ……!!」

 

 

 蜘蛛の子を散らすように、生徒も教師達も体育館の前方へと殺到する。

 

 処々で将棋倒しが起こったが、それでも辰巳の判断は正しいと誰もが思った。

 

 それほど邪悪で致死的な気配が、その男からは発されていた。

 

 

 突如、数発の銃声が響き渡る。

 

 モニター係の女が放った銃弾は全て男に命中していたが、男は微動だにしない。

 

 

「彼に銃の効果は期待しないほうがいい。ご覧の通り、穴が空いてもびくともしないからね……?」

 

「坂本……貴様が内通者か……」

 

 坂本はパラパラと拍手をしてから再び礼をした。

 

「丹村と橘を逃がしたのも自作自演だな……?」

 

「大正解。もう貴様ら教会の連中にはうんざりだ。なぜ私が自分の人生を棒に振ってまで他人の命を守らなければならない? それで感謝をされるならまだしも、やれ特公だ、鬼畜共だと後ろ指をさされた挙げ句、上司や教会からはゴミ屑のようにこき使われる……悪魔と貴様ら、一体どちらが私を重んじる……? どちらが私を愛してくれる? ……ん?」


 坂本は両手を広げておどけるような素振りをすると、辰巳に返答を促した。


 その姿にわなわなと震えた辰巳が、太刀を抜き放ち切っ先を向けて大声で叫ぶ。


「私欲にまみれた薄汚い背教者め……己を神に捧げる誓いを破った貴様に明日は無い……!! 貴様はこの場で断罪する……!!」

 


「背教者……」


 そう言って坂本は腹を抱えて笑ったかと思うと、男の耳元で何かを囁いた。


 するとその言葉に呼応して、ぼう……と立ちすくんでいただけだった男が唸り声を上げる。




「ははは……すごい声だな……魂が震えるようだ……背教者とでも何とでも呼ぶがいい……貴様らこそ真実から目を背け続ける豚野郎だ……!! 別れの贈り物プレゼントをくれてやる。有り難く受け取るといい……にならないことを祈ってるよ」

 



 そう言って坂本はステップを踏みながらは西日の中に姿を消した。

 

 かと思うと再びひょっこり顔を出して言う。

 

「それから、この男には噛まれないほうがいい。狂犬病を持ってる。それではアディオス辰巳隊長」


 辰巳は咄嗟に銃を抜き坂本に向けて発砲したが、弾丸は鉄の扉に当たって火花を散らしただけだった。



「くそ……!! お前は生徒達の避難誘導に当たれ……!避難が完了したら援護しに来い……!!」



 女はすぐさま大声で生徒達を誘導し、体育館から避難させ始めた。


 辰巳はいまだ扉の前に佇む男を睨みつけると、手のひらに唾をかけてから抜刀し、祈る。

 


「主よ。御言葉の剣を授け給え……悪魔サタンの会衆に属する者共を、キリストの口から出る鋭い両刃の剣を以て切り裂き給え……」

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