2-30【不吉な報せ】
それは犬塚が校舎を飛び出して間もなくのことだった。辰巳に一本の連絡が入る。
なんでも土手の辺りで奇妙な人物を目撃したというのだ。
それは複数の住民に目撃されており、血色の悪い真っ白な肌には、べっとりと不気味な黒い汚れが染み付いているという。
真冬にも関わらず襤褸を綴り合せたような薄い布を羽織っているだけで、焦点の合わぬ目と、獣のような息遣いが恐ろしかったと目撃者は口を揃えて言ったらしい。
ふらふらと林の奥から現れたとか、不気味な男は川の水音を聞くなり悲鳴を上げて走り去ったという者もいる。
「魔障反応は?」
辰巳は苛々とした口調で尋ねた。
「ありません。ただの浮浪者でしょうか?」
その言葉に辰巳は爪を噛んで考え込んだ。
住民が初めて見る浮浪者が現れた……?
このタイミングで……?
「お前たちは現場に向かえ……何かあればすぐに報告しろ……」
その指示で二人の男が現場へと向かっていった。
部屋にはモニターと機械を担当する女性職員と昨夜気絶した男、そして辰巳の三人だけが残っていた。
昨夜の失敗以来、男は落ち着きのない様子でやたらとビクビクしていた。
その姿に辰巳の神経はさらに逆撫でされ、思わず語気がきつくなる。
「おい……坂本……!! いつまで失敗を引きずってビクビクしている!? もうあの馬鹿に犬塚の動向は探らせたのか?」
「いえ……それが辰巳隊長の妹さんの姿が見えず……ロスト・チャイルドの室長に問い合わせても現場のことは現場の責任者に一任しているの一点張りで……」
「まったくどいつもこいつも使い物にならん……!! 悪魔の恐ろしさをまるで理解していない……情報通りならばこの街には伝説級の悪魔が顕現する可能性があるんだぞ……!? そうなれば国家規模の厄災になるというのがなぜわからない……!?」
「すみません……気を引き締めます……」
その時教室のドアが勢いよく開き校長が慌てた様子で駆け込んできた。
「た、大変です……!! 不審な男が正門に……!!」
†
土手に向かう車の中、特別公安職員の二人の男は笑いながら話をしていた。
「隊長カンカンだったな……祓魔師の男もよくやる……」
「まったくだよ……こっちの身にもなってなれってんだ……大体、伝説級の悪魔がこんな片田舎に出るかね?」
「上も半信半疑なんだろう。俺達辰巳部隊だけっていうのがその証拠だ」
「違えねえ」
そうこうする内に車は土手に差し掛かった。
二人は河川管理車両が通るための細い道へと車を進める。
左手に緩やかな流れを見下ろしながら、車が一台通れるほどの道路を進んでいると、陸地側の竹林で何かが動く気配がした。
「なんだ? いのししか?」
「かもな。それより急げよ。あんまり時間を食うと隊長が……」
会話の途中で、もの凄い衝撃が車を襲った。
車は吹き飛ばされ、土手の下へと転がり落ちていく。
「ぐぅうう……」
うめき声で気がつくと、運転席の男が苦しそうに顔を歪めていた。
「おい……!? 大友しっかりしろ……!!」
助手席の男が見るとひしゃげたドアがの右半身を押しつぶしている。
大友の白いシャツはみるみる内に血で赤く染まっていった。
「クソ……!! こちら渡辺……!! 何者かに攻撃を受けた……!!」
通信を試みたが反応がない。
どうやら事故の衝撃で故障したらしい。
「大友……!! すぐに助けを呼ぶ……!! それまで持ち堪えろ!!」
渡辺はシートベルトを切断すると、割れた窓から脱出を試みる。
歪んで
じゃり……
何かが砂を踏みしめる音がした。
渡辺の視界の端に毛で覆われた巨大な何かの一部が映り込む。
それに気が付き渡辺の心音が急速に早まった。
まずいまずいまずい……!!
しかし焦りとは裏腹に、歪んだ窓にねじ込んだ身体は進むことも戻ることも出来ず身動きが取れない。
「くそ……!! くそ……!! 神のごっぷゃっ……」
ばちゅん……と、呆気ない音が辺りに響いた。
渡辺の祈りの言葉は車の外に突き出した上半身と共に、真っ赤な血と肉の塊に変わってしまった。
車の中に残された下半身はぶるぶると痙攣し、ひしゃげた窓には、みっちりと渡辺の断面が詰まっていた。
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