2-24【針鼠のジレンマ】
無言で運転する犬塚を後部座席から睨みながら丹村が口を開いた。
「なんで助けたんだよ……あんた、こんなことしたら断罪されるんじゃないのかよ……?」
「ガキが大人の心配してんじゃねえよ」
犬塚は興味なさそうにセブンスターをふかしながら言う。
「それよりお前らの話を聞かせろ。何で特公に狙われてる? お前らマジに悪魔崇拝者なのか?」
「違う……!! 橘は悪魔崇拝者じゃない!!」
思わず叫んだ丹村の声に犬塚は喉を鳴らすと頭を掻きむしって言った。
「自分の方は否定しねえんだな? 先輩からのアドバイスだ。直情的になるんじゃねえ。大人はそこに付け込んでくるぞ」
それを聞いた丹村は言葉に詰まると、犬塚と口論する意味が無いことを悟り、シートに深く掛け直す。
「ちったあ落ち着いたかよ? 安心しろ。お前らを教会に突き出したりはしねえ。約束する。そのためにも本当のことを教えてくれ」
犬塚の最後の言葉には無機質で、計り知れない真剣味が宿っていた。
それを聞いて黙りこくる丹村の肩に触れて橘が囁く。
「丹村くん……この人はきっと大丈夫だよ……助けてもらおう……? わたし達だけじゃ……もう逃げられないよ……」
丹村は唇を噛んで考え込んでいたがやがて力なく溜め息をついて言う。
「わかった……でも橘は関係ない……絶対に橘を守るって約束してくれ……」
「ああ。男の約束だ」
そう言って犬塚は拳を後部座席へと突き出した。
「早くしろよ。灰が落ちる」
煙草をくわえたままの犬塚が急かすと、丹村は小さく犬塚の拳に自身の拳をぶつけた。
「まず聞きたいことがある。丹村だったな? はっきり言うがお前、虐待されてるだろ……?」
その言葉に丹村は目を丸くした。
虐待……?
考えたこともない言葉が男の口から飛び出したことで、丹村は思わずフリーズする。
「その様子だと無自覚みたいだな……」
バックミラーに目を細めて犬塚が呟いた。
丹村はうまくまとまらない思考でなんとか言葉を絞り出す。
「俺は……虐待なんて……父さんは無口だし、冷たいけど……それは母さんが死んで悲しいから……だから……殴られたこともないし、ご飯も……」
「じゃあどうしてお前はそんなに動揺してる?」
「え……?」
気がつくと丹村の足は激しく震えていた。
「親父との間に何があった? 虐待じゃないにしろ何を隠してる? キツいだろうが話してくれ……悪いが時間をかけてる暇はねえ」
丹村は隣で心配そうにこちらを見つめる橘にちらりと目をやった。
追われる身になってなお、心配そうに自分を見つめる橘の目に、丹村は胸が苦しくなると同時に、感じたことのない安息が身体の芯を温めるような気がして泣きそうになる。
再び丹村は俯いてから何かを決意したかのように大きく溜め息をつくと、顔を上げてぽつりぽつりと話し始めた。
「母さんは、俺がまだ小さかった時に病気で死んだんだ……だから母さんの記憶はほとんどない……」
「でも父さんにとって、母さんは特別な人だって……死んでもまだ生きてるんだっていつも言ってた」
「だからお前もまた母さんに会える……それが父さんの口癖だったよ……」
「俺が三歳になった時、父さんが言ったんだ……母さんに会うためには神様に祈らなくちゃいけないって……正しいやり方をお前にも教えるって……」
そこまで話すと丹村は急に言葉に詰まってしまった。
橘が肩に手を触れると、丹村の身体は小さく震えている。
丹村は再び大きく息を吐き出してから言った。
「俺の父さんは……母さんを生き返らせようとしてるんだ……」
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