2-23【ガキと幸福】
振り下ろされた丹村の拳は男子生徒を捉えること無く空を切った。
それどころかその生徒は半身になって丹村の拳を躱しすと、前のめりになった丹村の腹めがけて膝蹴りを見舞う。
殴ったはずが腹に重たい塊が突き刺さったような感触がして息が出来ない。
一瞬の出来事に理解が追いつかない丹村は四つん這いの体勢で涎を吐きながらも、何とか息をしようともがき苦しんだ。
「空手やってる純也に殴りかかるとか馬鹿じゃないの?」
女生徒の嘲笑が丹村の耳に届いた。
それに釣られて笑う観衆の声が丹村の惨めさを掻き立てる。
そんな中背中に温かい何かが触れた。
それは泣きながら丹村をさする橘の震える手だった。
それを見た観衆がまたしても囃し立てるように野次を飛ばす。
「おっ……? 彼氏の心配してるぞ!!」
「ヤバい……!! あたしら黒魔術で呪われちゃう!?」
「お前呪われてこいよ!? そしたら骨は拾ってやるって!!」
「はあ? お前が行けし……!!」
丹村は橘の手を遮ってフラフラと立ち上がった。
「丹村くん……!!」
橘が何かを察して震える声で呼び止める。
「そんなに呪われてえなら呪ってやるよ……」
誰にも聞こえないような小さな声で丹村は呟くと、静かに手をポケットに差し入れた。
丹村がポケットに手を突っ込むその様子を、モニターの向こうでは辰巳が目をギラつかせながら凝視している。
さあ……尻尾を出せ……!! 丹村道隆……!!
丹村の手がポケットからゆっくりと引きずり出されようというその時、勢いよく教室の扉が開いた。
ちょうどそれと同時に辰巳の背後から部下の叫び声が響く。
「辰巳隊長……!!」
「何事だ!?」
「祓魔師の男が……!!」
その声で辰巳は全てを理解しモニターに視線を戻した。
見ると犬塚が丹村の腕を掴んで動きを制している。
「野良犬風情がああああ……!! すぐに丹村と橘、それと犬塚も拘束しろ……!! 丹村のポケットに証拠がある!!」
慌てて駆け出す公安職員たちをよそに、犬塚は落ち着いた声で丹村に話しかけていた。
「何する気か知らねえがやめとけ……こいつを守りたいならなおさらだ……」
「黙れ……お前らが橘を陥れたんだろ……?」
犬塚はチラと背後の扉に目をやってから、橘と丹村を肩に抱き上げて呟いた。
「ちょっと面貸せよ」
「え……?」
「おい……‼!! 放……!?」
「弐の塚……
犬塚の足がメキメキと音を立てたかと思うと教室の床を踏み砕いた。
犬塚は二人を抱えたまま、窓の外へと飛び出していく。
丹村と橘は身体を支配する抗えない重力と、内臓をせり上げる無重力に青褪めた。
しかし犬塚は平然とコンクリートの地面に着地すると、何事もなかったかのように二人を黒い車に押し込んだ。
「あんた……バケモンかよ……?」
車に押し込まれながら思わずそう呟く丹村を一瞥して犬塚が答える。
「まあな。だが当然
そう言う犬塚の顔がわずかに苦痛に歪んだ。
しかし丹村はその表情と言葉の意味が理解できずに怪訝な顔で犬塚を見据えるだけだった。
その時上の階から怒声が響き渡る。
「待て……!! 犬塚……!! 貴様自分が何をしてるか理解ってるのか!? 悪魔崇拝者を逃がせば、社会が、世界がどれだけの危機に見舞われると思っている!? 全体の幸福のために今お前がすべきことは何か考えろ……!!」
三階の窓から叫ぶ辰巳を一瞥して犬塚は中指を立てて言った。
「くそが……ガキ一人守れないで、何が全体の幸福だ……俺はこいつらを守る……!!」
「待て……!! 犬塚ああああああああ!!」
犬塚は辰巳を無視して運転席に乗り込むとアクセルを吹かして正門を飛び出していった。
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