2-21【茨の冠】
深夜の教室に辰巳の怒声が響き渡る。
部下の男は身を固くして頭を下げた。
「見失ったとはどういうことだ……!? 特別公安職員ともあろう者がガキの尾行一つ満足にこなせないのか!?」
「申し訳ありません……途中で黒服の男が声をかけてきて……気がつくと土手に転がっていました……どうやら気を失っていたようで……」
「この大馬鹿者が……!! その男の特徴は?」
「それが……フードで顔がよく見えず……何も分かりません……」
男の肩は小刻みに震え、額を伝った冷や汗が床にぽたぽたと滴り落ちる。
うわ言のように、すみません……すみません……と呟き続ける男を、辰巳は冷たい目で見下ろしながらガリガリと親指の爪を噛んで思案に耽った。
「考えられる可能はいくつかある……何らかの方法で丹村の父がこちらの動きに勘付き息子を守った……」
「あるいはその男も悪魔崇拝者の一味で、今回の件には複数の人間、あるいは組織が関わっている可能性……」
「しかしそのどちらの場合も、丹村が悪魔崇拝者だと自ら吐露しているに等しい……この馬鹿を殺さずみすみす逃がす甘さといい、いかにも中途半端な黒フードの目的は何だ……?」
辰巳は「解せん」と吐き捨てるように呟くとモニターを見張る部下に尋ねた。
「丹村の家に動きは?」
「ありません……丹村が帰宅してから誰も家に行き来していません」
なぜ丹村を尾行しているうちの者を襲った?
なぜ殺さずに捨て置いた?
丹村をまず確保するか……?
駄目だ……蜥蜴の尻尾切りにあうのは目に見えている……
そもそも黒フードの目的は何だ……?
「引き続き丹村の家を監視しろ。逃げ出す素振りを見せれば即断罪……!! 今度失態を犯せば貴様を異端審問にかけてやるからそのつもりでいろ……いいな?」
男はごくりと生唾を飲んで頷いた。
男を一瞥して辰巳はデスクに座ると再び爪を噛んで考え込む。
もう一つの可能性……
確立は低いが、それはこの中に裏切り者がいるということだ……
だがやはり……肝心の目的が分からない……
待てよ……?
そこまで考えて辰巳の頭に一人の男の顔が思い浮かぶ。
辰巳はゆっくりと立ち上がり、冷たい目をさらに冷たく細めて一同の顔を見回した。
「何者かが丹村の尾行を阻止したのは間違いない……目的は不明だが、これではっきりしたこともある……」
「誰かが丹村を守ろうとしている……それなら、丹村には茨の冠を被ってもらおう……謎の協力者が尻尾を出せば良し、本人が尻尾を出せばなお良しだ……」
そう言って辰巳はぞっとするような笑みを浮かべた。
「早速準備に取り掛かれ……私の予想では丹村は明日も変わらず登校する……。それまでに徹底的にやる……」
真夜中の校内は明々と照明に照らされ、辰巳の指示のもと、粛々と用意が成されていった。
†
丹村がもぞもぞとベッドを抜け出すと、すでに時計は午前八時を差し示していた。
くそ……
胸の内で悪態を吐くと、唐突に処置室での光景が
まだ手のひらに残る肉の感触を振り払うように丹村は頭を掻きむしると、急いで学校へと向かう。
もう橘は学校にいるだろう……
誰よりも早く教室の鍵を開けて、机に突っ伏して……
俺を待ってくれているのだろうか……?
早く……
早く……
人混みをかき分け教室の扉を開いた丹村を、無数の目がじろりと睨んだ。
その目には憎悪が鈍く光っている。
ぞくりと背中が粟立ったが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。
彼らが立つ輪の中心には
俯いたまま震える、橘の姿があった。
†
「さあ……尻尾を出せ丹村道隆……さもなければお前の大事な橘咲は悪魔崇拝者の嫌疑をかけられ居場所を失うぞ……」
空き教室ではモニターを見つめる辰巳が静かにほくそ笑んでいた。
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