2-19【魔女狩り】
教室を出た辰巳は機材の運び込まれた空き教室へと直行する。
中にはモニターが並び、そこには校内全ての教室や廊下が映し出されていた。
「動きは?」
辰巳が尋ねると部下の一人が画面を戻した。
そこには手紙のやり取りをする橘と丹村の姿が映っている。
「よし。こいつらの個人情報を洗え。この他に怪しい動きをした奴も同様にだ……」
画面を睨み親指の爪を噛む辰巳に部下がタブレットを手渡し言う。
「出ました。女生徒の方が橘咲、男子生徒が丹村道隆です」
「親族に繋がりは?」
画面を流し読みしながら辰巳が尋ねた。
「確認出来ません。橘の両親は十年ほど前に他界し、現在は
「医者か……色々と都合のいい職業だな……この二人を徹底的にマークしろ。行動パターンを割り出しおかしな動きをすれば即拘束。抵抗するようなら異端審問の執行を許可する」
その言葉で室内に緊張が走った。
誰一人として声を出して応答する者は無かったが、公安員達は沈黙を持って了解の意を表明する。
「神に栄光を……使徒に祝福を……悪魔に裁きを……さあ魔女狩りの始まりだ」
†
橙色の水面を輝かせる川の流れに逆らうようにして丹村は図書館を目指していた。
橘とは結局、校内で一言も言葉を交わすことが無かった。
それでいい。
誰にも気付かれないほうがいい。
ましてや公安などという物騒な輩が入ってきた以上、自分との関わりなど誰にもバレないほうがいい。
重たい液状の鉛が、丹村の
図書館への道程がゴルゴダの丘に続くなだらかな登り坂のようだった。
息苦しく、逃げ出したいような気持ちのまま、自転車で坂を登り切ると、駐輪場に停まった赤い自転車にもたれるようにして橘が立っていた。
「丹村くん……」
そう言って口を開いた橘の言葉を遮ると、丹村は静かにつぶやいた。
「もう……俺には関わらないほうがいい」
ずき……と、胸の奥が痛んだ。
見ると橘が泣きそうな顔でこちらを見ている。
「どういうこと……?」
「変な噂になる前に、もう会わないほうがいい」
抑揚の無い声で丹村は同じ内容を繰り返しす。
「違うの! そうじゃなくて……! 丹村くん、廊下で苦しそうにしてたし、この前の講演会の時も……もしかして悪魔に狙われてるんじゃないかって心配で……!」
どくん……と、何かが丹村の中で脈打った。
優しくしないでくれ……
そう言おうとしたが唇が動くばかりで言葉が出てこない。
「何か困ってることがあるなら相談に乗るから、公安の人か……祓魔師の人なら助けになってくれるかも!!」
なおも橘は必死で喋り続けている。
その声はまるで水中から発される言葉のように、くぐもっていて遠く感じられた。
違う……
水の中にいるのは自分のほうだ……
そう気づいた丹村は橘の方へフラフラと近付き、その手を握った。
驚いた橘の声が止まり、誰もいない駐輪場が静寂に包まれる。
「違うんだ橘……奴等が探しているのは僕だ……僕の父は……」
そこまで言うと、丹村は橘の手を握ったまま、力なく塞ぎ込んだ。
地面にうずくまったまま、丹村は小さな声でつぶやく。
「わかっただろ……もう俺に関わらないほうがいい……」
橘は丹村と同じように地面にしゃがむと、そっと丹村を抱きしめた。
「わたし、丹村くんと一緒にいる……丹村くんは悪くないよ……悪くない……きっと大丈夫。きっと大丈夫だから……」
橘咲はそう言って丹村をぎゅっと抱きしめたまま、ぐしゃぐしゃになって泣きじゃくる丹村の背中を優しくさすり続けるのだった。
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