2-18【特別公安】  

 

 険しい顔をした男たちの姿が校内の至る所に見られた。


 茨の巻き付いた十字架の腕章は、彼らが特別公安の人間であることを示していた。


 空き教室には物々しい機材が運び込まれ、校門には厳重な検問が敷かれている。

 

 登校してきた生徒たちは緊張の面持ちで門番に生徒手帳を掲げては、足早に教室へと駆け込み、小声でヒソヒソと噂し合った。

 

 

 なんでもこの学校にが潜伏しているらしい。

 

 それを見つけ出すために大規模なが開催されるらしい。

 

 

 異端審問……

 

 

 その言葉が耳に入り、丹村の身体がわずかに強張る。

 

 アポカリプス戦争を経た世界で強大な力をもった聖教会は、再び悪魔を地上に顕現させようと目論む悪魔崇拝者達を厳しく取り締まった。

 

 それは異端審問と呼ばれ、嫌疑をかけられた者はたとえ潔白が証明されても二度とまともな社会には復帰できないと言われている。

 

 拷問まがいの尋問がなされるのだとか、冤罪であろうと断罪されるのだとか、物騒な噂が後を絶たないが、真偽のほどは聖堂のベールに阻まれて知る由もない。

 

 

 しかし今の校内の様子を見るに、あながちそれらの噂は嘘でもないように思われた。

 

 

 ガラリ……と音を立てて扉が開き、生徒たちは静まり返る。

 

 そこにはヘコヘコと頭を下げる担任を伴った、冷たい目の男が立っていた。

 

 

「私は特別公安所属、一級祭司の辰巳政宗だ。ただ今より順次特別面談を開催する」

 

 人相通りの冷たい声が教室を凍りつかせた。

 

 シンシンと冷え込む空気を裂いて、再び辰巳が口を開く。

 

「君たちもすでに理解っていると思うが、この学校に悪魔崇拝者が紛れ込んでいる可能性が極めて高い……情報を提供した者には聖教会から恩寵が与えられる。だが……」

 

 

「隠し立てするような者があればそのような者は悪魔の手先として厳しく処罰する……各々よく考えて行動しなさい……話は以上だ」

 

 辰巳はそう言い残して教室を去っていった。

 

 残された担任はおどおどと歯切れの悪い言葉で面談の日程や順番を伝達すると、保護者への連絡事項をまとめたプリントを配り始めた。

 

 前から順に無言で手渡される藁半紙が、最後尾に座った丹村の元にもやって来る。


 丹村は平静を装ったが、藁半紙を受け取る手は微かに震えていた。

 

 しかし前の席に座った生徒は、そんなことは気にもとめない様子で前方に向き直ると、配られた文面を凝視している。

 


 ばくばくと嫌な音を立てる心臓の音が周囲にバレるのではないかと思うと気が気でない。

 

 しかし誰もそんな丹村に注意を払う余裕は無いらしく、一様に黙ってプリントを睨みつけていた。




 異様な静けさに包まれた教室の中、ふと丹村が気配を感じて視線をやると、不安げな表情で丹村を見つめる橘と目が合った。

 


 橘は紙切れに何事かを書き込むと小さく畳んで、こっそりと丹村に投げてよこす。

 

 周囲にバレぬよう机の中でこっそり開くと、美しい文字で一言だけメッセージが書かれていた。

 

『放課後図書館で』

 

 丹村は担任が板書しているのを確認すると、再び橘の方を向いて小さく一度だけ頷いた。

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