2-12【群衆の中、煢煢として】

 

 好奇心と非日常にざわつく生徒たちの中で、丹村は壇上から語られる言葉に耳を傾けていた。

 

 他者への関心を持つことの大切さを熱心に語る祓魔師の言葉は、いかにも正しいように思えた。

 

 しかし実際はどうだろう?

 

 生徒たちの興味の対象は美人な祓魔師そのものに他ならない。

 

 彼らはきっと必死でなされた演説の内容など瞬く間に忘れ去り、祓魔師の容姿や恋人の有無、そんな浮かれた話題で持ちきりになるだろう。

 

 誰も他者の悲しみを感じ取るような心の機微など持ち合わせていない。


 ……馬鹿ども……

 

 父がそう断ずるのも無理は無いように思える。

 

 丹村はそんなことを考えながら、ちらと橘に目をやった。

 

 すると彼女は真剣な眼差しでメモを取りながら祓魔師の話に聞き入っている。

 

 ……大事にしなさい……

 

 彼女は他の馬鹿どもは違う。

 

 静かに丹村がそんな確信を抱いていると、橘がふとこちらに気づいて視線を上げた。

 

 はにかむように笑う橘に、丹村は小さくほんの少しだけ指を立てて合図を送る。

 

 祓魔師による講演が進行する中、そんな二人のやり取りに気づくものは誰もいなかった。

 

 橘は小さく手を振ると再び顔を前に向けメモを取る。

 

 丹村もそれに倣って視線を壇上に戻した。

 

 すると舞台袖から不気味なキグルミが姿を現す。

 

 数名の女生徒が悲鳴を上げ、丹村も思わず口を覆う。

 

 それは轢き逃げされた犬っころの毛皮を集めて作ったようなキグルミだった。

 

 獣臭さと糞尿が混じったような血生臭いニオイが辺りに立ち込め、歩く度にと水の入った長靴で歩くような不快な音が響く。

 

 床に引きずる尾が通り過ぎた後には、腐ったどす黒い血の跡がズルズルと線を描いている。

 

 

 本物の悪魔憑きを連れてきたのか……!?

 


 あまりの不気味さと悍ましさに、丹村は吐き気を催した。

 

 思わず周囲を確認すると他の生徒たちは笑顔を浮かべて拍手を送っている。

 

 悲鳴をあげた女生徒たちでさえも取り乱している様子はなかった。

 

 

 どうなってる? また俺がおかしくなってるのか!?

 

 

 困惑しながら再びキグルミに目をやるとキグルミはゆっくりこちらに顔を向けて口を開いた。


 口内には黄ばんだ鋭い牙がびっしりと生えており、にちゃあ……と涎が糸を引く。

 


 キグルミじゃない……やっぱり本物だ……!!

 

 そう直感すると、獣の死体が口元を大きく歪めて嗤った。


 眼球が飛び出て片方だけになった不具の目が丹村をじぃと見据えて口を開く。 



 ……お前は逃げられない……


 

 何処からともなく声が聞こえたが、誰にも聞こえている様子はない。

 


 ……呪われた運命の申し子よ……

 

 

 消えろ……!! 消えろ……!!

 

 丹村は目を閉じ必死で念じたが声が消えることはなかった。

 


 ……血と惨劇はお前を逃さない……

 

 黙れ……!! 俺はそんなの知らない!! お前は誰なんだ!!

 

 

 ……ぼぉぉぉおくぅぅぅぅはぁあああきぃぃぃぃみぃぃぃい……

 

 

 バリバリとけたたましい音が体育館に木霊した。

 

 その音で思わず目を開けると、キグルミが引き剥がされ、中から男の祓魔師が姿を現すのが見える。


 同時に不気味な声は霧散して、代わりに女生徒たちの黄色い悲鳴が上がった。


 女の祓魔師が最後の言葉を力説していたが、丹村の耳には内容が入ってこない。

 

 女の祓魔師は男に首輪をかけると、手を振りながら舞台を去っていった。

 

 

 歓声と拍手が響く中、青褪めた丹村に気づくものは誰もいない。

 

 ただ一人橘咲だけが震える丹村を不安げに見つめていた。

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