2-10【海馬の中で】
自転車の前かごに積まれた紙袋から覗く物語達が、でこぼこ道で跳ねる車輪に合わせてガタガタと踊る。
丹村は林道に差し込む光の筋を蹴散らしながら、学校へと自転車を走らせていた。
昨夜の不気味な出来事がカリカリと海馬の内壁を引っ掻く音がする。
しかし今の丹村にとっては否応なく視界に紛れ込む紙袋の存在感の方が強かった。
……また明日……
その言葉が魔法のように何度も蘇る。
その度に丹村は自分を戒めるように顔を顰めた。
……大事にしなさい……
今度は父からの意外な言葉が
それはどういう意味だろう。
掴みかねる父の真意に戸惑いつつも、それに応えようと、どう取り扱えばいいかも分からない気持ちを抱えて、こうして本を運んでいるのだ。
それが本心を隠すための隠れ蓑であることを丹村自身は気づいていない。
しかし力強く踏み込まれるペダルは丹村の本心を誰よりもよく知っていた。
タイヤを軋ませながら林道を抜けあぜ道を通り過ぎ、丹村は学校へと辿り着く。
校舎裏の駐輪場から見えた体育館の前には朝練に来た生徒達の小さな人集りが出来ていたが、丹村はちらと一瞥するだけで別段興味を引かれることはなかった。
遠くで聞こえる笑い声を背に、丹村は教室に続く階段を小走りにあがっていく。
早朝の校舎には人気がなく、独特の静けさが朝日の放つ光の粒子を可視化していた。
ゆっくりと廊下や床に堆積する光の粒に足跡を残しながら、丹村は教室の扉の前に立つ。
薄く開いた扉は、すでに誰かが登校していることを意味していた。
人知れず一番に来ては鍵をあける少女の存在を知る者は少ない。
そっと丹村が開いた扉からは、ガラガラと大きな音がした。
その音で机に突っ伏していた
丹村は咄嗟に視線を逸らして、不機嫌そうに橘の方へ歩み寄ると、無言で紙袋を差し出した。
橘が紙袋を覗くと、中に入れられた本は、丹村の態度に反してきちんと紐で縛られている。
橘はそれを見てくすりと笑みを浮かべて言った。
「持ってきてくれてありがとう。でも好みがわからないって……」
「適当に……考えてみた」
丹村が突っ立ったまま答えると、橘は紐を解いて本を机に並べた。
「難しそうだね……どんな話か教えてもらってもいいかな……?」
丹村は小さく頷き、橘の向かいに腰掛けると数冊の中から遠藤周作を手に取り開く。
向かい合って覗く
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