2-5【新たな任務】


 

 黙ったままの二人を乗せてガラス張りのエレベーターは登っていく。

 

 真鍮の針が十三階を指すとリン……と軽やかなベルの音がしてドアが開いた。

 

 廊下に敷かれた赤い絨毯はキリストの血を表している。

 

 純白の壁は血で洗われた穢れなき心の象徴。

 

 突き当りの壁に立つのは正義の秤と御言葉の剣を掲げた大天使ミカエルの像だった。


 石膏で作られた彫像の表情から、天使の心を読み取ることは出来ない。


 その目は慈しむようであり、断罪するようでもあり、あるいは自我などは持ち合わせない崇高でどこか機械的な印象すらある。


 真っ白な目に射抜かれながら、二人は室長室の扉の前に立ちノックした。



「入ってくれ」



 中からは室長の疲れた声が返ってきた。

 

 二人は扉を開くと一礼して中に入る。

 

 

「悪魔の呪縛はまだ解けないそうだね。それに特公と揉めたらしいね……賢吾くん……」

 

 二人を見るなり京極は言った。

 

「すみません……」

 

「向こうが喧嘩を売ってきたんだ。俺は悪くない」

 

 同時に答える二人を前にして、京極はやれやれと深い溜め息をつく。

 

「ペルソナの一件以来、悪魔の目立った動きがない。ここ数週間静か過ぎるくらいだ。魔障探知機レーダーに魔障の反応すらない」


 黙ったままの二人に視線を送ってから京極が再び口を開いた。 


「上はこの事態が悪魔の組織だった動きの前触れではないかと警戒してる……恐らく特公もその線で動いているんだろう……だが魔障虐待対策室うちとしては悪魔がどんな計画を立てていようがはっきり言って関係ない。管轄外の仕事に手は出さない。我々の責務はあくまで虐待児童の救済だ」


 京極はそう言うと、二人に鋭い視線を投げかけながら、机の上で組んだ両手に顎を乗せた。




「それで……? 魔障反応もないのにどうして俺達を呼び出した?」




「賢吾くん……魔障反応が無ければ虐待は無いのかな?」

 

 犬塚の問いかけに、京極はおどけた顔で答えたが、その目は笑っていなかった。


 その言葉で二人の胸に鈍い痛みが走る。

 


「ペルソナの惨劇でも理解ったように、悪魔憑きは巧妙さを増している。こちらの目を掻い潜って今も被害者から搾取を続けているだろう……君たちの任務はその足と、目と、鼻で!! 被虐待児童を見つけ出し救済することだ……わかるかい?」



「わかりました。全力を尽くします」

 

「結構。それでは君たちには各地の学校を回って虐待の未然防止キャンペーン担当になってもらう。は悪魔憑きのマッキーくんだ」


 そう言って京極は段ボールから、舌をだらりと垂らし白目を剥いた、犬のきぐるみを取り出した。


「おい……まさか俺にそれを着ろってんじゃねえだろうな……?」


 犬塚は牙を向いてあからさまに不機嫌な声を出したが、京極は意にも介さず返事をした。



「そのまさかさ。特公と揉めた罰だよ。一般の方々との交流や悪魔憑きの啓発運動も大事な仕事だ。それとも、君のプライドのために第二第三の惨劇を産んでもいいのかい?」


 その言葉で犬塚の顔がぐっと歪んだ。京極はそれをみとめて表情を崩す。


「しっかり頼むよ賢吾くん」


 そう言って京極は犬塚にきぐるみの入った段ボールを押し付けた。




「ああそれと、今後くれぐれも特公との揉め事は起こさないように……これ以上厄介事が増えたら、僕が虎馬憑きになるからそのつもりで頼むよ」

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