2-4【影の気配】


 真白が聖堂を出ると壁にもたれかかった犬塚が待っていた。

 

「終わったのか?」

 

 犬塚はぼそりとそれだけつぶやく。

 

「はい。今日も名前は思い出せませんでした」

 

 犬塚は真白の瞳にちらりと目をやってから、背中を丸め、ポケットに手を入れ歩き出した。

 

 そこに真白の兄が駆けつけてくる。

 

「おい真白……!! まだ話は終わっていないぞ?」

 

 振り返った犬塚と、兄の視線が交錯した。

 

 無言で睨み合った末、真白の兄が口を開く。

 

「これはこれは……確か君は狂犬イザベラ・タンとか呼ばれてる下位叙階の……犬塚弐級祓魔師だったか?」

 

「誰だあんた……」


 犬塚は丸めた背中を伸ばして静かに言った。 


「俺は特別公安の辰巳政宗。お前の飼い主の兄貴だ」

 

 犬塚の眉間に皺が走る。

 

 犬塚は政宗にゆっくりと歩み寄りながら言った。

 

「ほう……お忙しい特別公安様が、わざわざ妹を心配して駆けつけるとはとんだシスコン野郎みたいだな……」

 

 

 二人は真正面から睨み合った。

 

「喧嘩を売ってるようだな……」

 

 政宗が冷たい声で言う。

 

「お利口さんが悪ぶるな。震えてるぞ?」

 

 一触即発の空気を真白が遮った。

 

「やめなさい。犬塚弐級祓魔師……! 神聖な会堂内です。辰巳特別公安委員。部下が申し訳ありませんでした。失礼します……」

 

 そう言って真白は犬塚の腕を取って歩き出した。

 

「真白……話は終わってないぞ……これ以上失態を重ねれば強制的に家に連れ戻す……父上のからの伝言だ!! 覚えておけ……」

 


 二人は会堂の外に出ると、停めてあった黒のビートルに乗り込んだ。

 

 しばらく無言で走った後、おもむろに真白が口を開く。

 

「先輩……さっきは兄が失礼なことを……」

 

「ああ……あのシスコン野郎か……お前、家族仲悪いのか?」

 

 犬塚はセブンスターを咥えたまま器用に答える。

 

「わたしの家はちょっと複雑で……今では司祭や特別公安を輩出するようなクリスチャンホームになりましたが、もともとは神道と剣術を信奉する家柄でした」

 

「アポカリプス戦争で武勲を上げた、いわゆるってやつか……」

 

 犬塚の言葉に真白は静かに頷いた。

 

「伝統やら家柄を重んじる気質は代々残っていて、現代では教会での立場に固執しています。なので虎馬を発症したわたしは、一族にとって恥なんです」

 

 犬塚はそれ以上何も答えず黙って車を運転し続けた。


 ペルソナの一件以来、どこかぎこちない空気が、二人の間に流れている。


 特別何かしらの衝突があるわけではないが、あの事件の結末は二人の関係にを残していた。



 陰鬱な空気を乗せたまま、二人を運ぶ黒い車は白の墓石へと到着した。

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