2-3【信仰と呪縛】
香炉から立ち昇る神への供えの香りが充満する聖堂の中で、床に跪き祈る真白の周囲を六人の司祭が取り囲んで祈りを捧げている。
彼らは六芒星、ダビデの星の頂点に立ち真白に手をかざしながら口々に異言と呼ばれる神の言葉で祈っていた。
真白の身体にじっとりと汗が滲む。
聖別と呼ばれる清めの儀式には、いくつか種類があったが、そのどれにも共通するのはそれなりの苦痛を伴うということだった。
”血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです”
神経を刺すような痛みに顔を歪めながら、真白はヘブル書の一節を思い出していた。
しかし悪魔に掛けられた思考への呪縛は非常に強力で、こうしていくら聖別してみても未だに悪魔の名は得られていない。
「今回も駄目なようですな……」
一人がそう言って祈りを中断した。
「ほんの数回の祈りで神からの答えが得られる訳では無い。信仰を持って根気強くやりましょう」
もう一人が慈愛に満ちた声で答えた。
「何を悠長なことを……下位叙階の身を案じている場合か!? 我々の祈りでも解けない呪縛を操るような悪魔だぞ!? 一刻も早く討伐せねば、いったいどれだけの被害が出るか……」
神経質そうな声で別の男が口を挟む。
論争が巻き起こる気配を察知して、近くの長椅子に腰掛けて見ていた枢機卿が床を杖で打った。
コン……と乾いた音が聖堂に響き渡り、皆が一斉に枢機卿に目を向ける。
「無理を強いたとしても、悪魔の名を得られる確証はない……それに本人の信仰と祈りこそが神に受け入れられる最短の道に他ならない……辰巳下位叙階……君は今どう思っている?」
真白は跪き目を閉じたまま祈りの姿勢を崩さずに答えた。
「わたしの未熟さ故に……被虐待児童に取り返しのつかない傷が残ったことを悔いています……」
枢機卿は立ち上がり、ゆっくりと真白の方へ近づいた。
そして彼女を見下ろし低い声で言う。
「そんなことはどうでもよい……お前の神と教会に対する信仰が揺らいでいるかどうかを問うている……!!」
真白は顔を上げると、枢機卿の目を真っ直ぐに見据えてはっきりとした声で言った。
「わたしは神への信仰を揺るがせてなどいません」
「神と教会への信仰だ……言い間違えるな」
その時両開きの巨大な木の扉が勢いよく開かれ、一人の男が聖堂内へと入ってきた。
それを見た枢機卿は一瞬忌々しげな表情を浮かべたが、顔に笑顔の仮面を貼り付けて恭しく出迎える。
「これはこれは特別公安の辰巳様。いかがなされましたかな?」
男は枢機卿には目もくれず真白を睨みつけて言う。
「不出来な妹を迎えに来ました。虎馬だけでなく、悪魔にまで憑かれるとは……まったくとんだ恥さらしだ……!!」
「わたしは家を出た身です。もう兄さん達には関係ありません!」
「馬鹿なことを……お前の意見など何の役にも立たないことがわからないのか? 大人しく結婚して家庭を持ち、家を守っていればよかったものを……!!」
「”神に聞き従うより、あなたがたに聞き従う方が、神の前に正しいかどうか判断してください” と聖書に書いてあります」
「”両親に従え”とも書いてあるぞ……? 祓魔師などという下賤の仕事は辞めて家に戻ってこい」
真白は立ち上がると出口に向かって歩き出した。
「おい!!」
背後で兄の声が響く。
真白は振り向き紅い目で兄を睨んで言った。
「わたし、この後仕事がありますから……!!」
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