2-2【瞼の裏のサバト】


 丹村が食卓につくと、すでに正装に着替えた父が椅子に腰掛けて祈っていた。

 

 固く組んだ手を額に当ててぶつぶつと独り言のように祈りの文言を唱える父を見ながら、丹村は父の向かいの席についた。

 

「お前も祈れ」

 

 姿勢を崩さずそれだけ言うと、父は再びぶつぶつと口を動かし始める。

 

 丹村はそっと手を組んで目を閉じた。

 

 

 丸鶏の艷やかな肌にナイフの入る音がする。

 

 瞼を閉じても蝋燭の揺らめきが伝わってくる。

 

 カチャカチャとカトラリーが触れ合って小気味の良い音を奏で、蝋燭の揺らめきがそれに合わせて踊ると、瞳の中の薄闇の奥に一際暗い影が見えた。

 

 くねくねと影は踊り廻り、まるで篝火を囲む魔女たちのサバトのようだ。

 

 気味が悪くなった丹村が瞼を開こうとすると「最後まで祈れ」と冷たい父の声が聞こえた。

 

 影はその数をどんどん増やしていく。

 

 いつしか、雄叫びや囃し立てる声まで聞こえてくる。

 

 どんどん……どんどん……

 

 父の足が、床の木板を踏み鳴らす音が、まるで太鼓の音のように迫ってきた。

 

 どんどんどんどん……

 

 せわしなく父は机の周囲を動き回っているようだ。

 

 瞼の裏に映し出される錯覚は、いつしかありありとした幻に姿を変え、太古の祭壇で踊り狂う人々と、篝火に照らされた偶像が鮮明に浮かんだ。

 

 見ると、薄黄色の煉瓦の台に縛り付けられた自分の姿がある。

 

 裸の自分を取り囲み、人々はぐるぐると廻りながら踊っている。




 丹村は天にまで届くような巨大な黄金の偶像を見上げた。


 その顔は遥か闇の中にぼうと……黒い輪郭を覗かせるも、篝火の明かりが届かず詳細は判然としない。


 偶像の足元に視線を移すとそこには不気味な顔を象った瓶が置かれていた。

 


 やがてかめに指を浸した人々が、不気味な笑みを浮かべながら、ひとり、またひとりと丹村の身体に触れていく。

 

 どろりとした感触がして、丹村が触れられた場所に目をやると、赤黒い血で奇妙な線が描かれいた。

 

 ……やめろ……


 いくら念じても幻は消えない。 


 ……やめてくれ……

 

 それどころか観衆は数を増し、無数の手が丹村の身体に血の線を描き足していく。

 

 ……誰か、誰か助けて……

 

 そう叫ぼうと思っても、丹村の口は祈りの言葉を呟くばかりだった。

 

 太鼓と雄叫びが最高潮クライマックスに達すると、人の群れが二つに割れた。

 

 紅海を割ったモーセのように、一人の祭司が歩いてくる。

 

 長い白服を身にまとった祭司は、険しい表情で手には残酷な形状をしたナイフを握っていた。

 


 やめろやめろやめろやめろやめろ……!!

 

 泣き叫ぼうとしたが口に太い縄を噛まされ、声が上げられない。

 

 祭司は背後にそびえる偶像に祈りを捧げると、ナイフを火に通し、丹村の剥き出しの太腿にそっと手を這わせた。


 なんの前触れも躊躇いもなく、祭司がナイフを丹村の太腿に押し当てるとジュ…と焼けるような音がして、一片の肉がベロリと切り取られる。

 

「ん゙ん゙ん゙ぅぅぅぅぅぅううう……!?」


 赤く熱された湾曲した刃が丹村の肉を削ぎ落とすと同時に、現実の身体にも鋭い痛みが生じて、丹村は思わず叫び声を上げ目を開いた。

 

 すると目の前のに座った父が驚いた顔でこちらを見ている。

 

「どうした……? 祈りは済んだのか?」


 丹村ははぁはぁと肩で息をしながら頷いた。


 父はグラスに赤ワインを注ぐとそれを掲げて呟く。


「メリークリスマス」

 

 ワインを飲む父を見ながら、丹村はそっと太腿に手を伸ばした。

 

 ヒリヒリとした痛みが、そこには確かに残っていた。

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