1-25【מכוה】


 

 一瞬の静寂を破って、犬塚は雄叫びを上げながら駆け出すと、悪魔に向けて引き金を引きまくった。

 

 357マグナム弾の強化火薬が放つ独特のオレンジ色をした閃光が銃口から吹き出し、精錬された銀の弾丸が悪魔目掛けて直進する。

 

 悪魔は余裕の笑みを浮かべて手を突き出すと、掌で弾丸を受け止めようとした。


 しかし弾丸が悪魔の手に触れた瞬間、悪魔の表情が一変する。


 コンマ数秒の時の中で、悪魔は身体を捩って弾道から身を逸らした。



 掌に命中した弾丸が炸裂すると、辺りには粉微塵に吹き飛んだ悪魔の腕がボトボトと音を立てて飛散する。



「どうだ……対悪魔用特殊弾シルバーバレット375の味は……!!」

 

 悪魔は失くなった腕の断面に目を細めた。


 剥き出しになった血管からは鼓動に合わせてぴゅ……ぴゅ……と鮮血が吹き出している。



「忌々しい…忌々しい…精錬された銀の弾丸とは…まったくもって忌々しい……」

 

 粉々になった肉片が、うぞうぞと床を這い回った。

 

 まるで芋虫のように肉片は悪魔に集結すると、何事も無かったかのように腕の形に寄り集まっていく。

 

「しかし非力なエクソシストよ……思い上がってはいけない……これは君の力などではない……銀が悪魔に通ずるなどというのは、肉においての話だけなのだよ……?」

 

 そう言って不敵に笑った悪魔の身体が、ぶくぶくと音を立てて溶け出した。

 

 床に染み込み悪魔は姿を消したが、壁や天上にこびり付いた嗤い声が、部屋の中に不気味な残響を残している。

 


「き、消えた……!?」


 

 辺りを見回す真白をよそに、犬塚の嗅覚は、悪魔の存在を警告し続ける。

 

 それどころか、どんどん強くなる悪臭に、犬塚は思わず鼻を袖で覆った。

 


「捕まえた……」

 

 突如姿を表し犬塚の首筋に抱きついた悪魔が耳元囁いた。

 

 耳が熔けるように熱い。

 

 それに反して、肛門から咽頭まで氷柱つららで貫かれたような寒気がする。

 


「ほぉ…素晴らしい傷だ……!! 可哀想に……母親に酷いことをされたのだね? ふぅぅむ……今も悪夢を? どれ……私が覗いてやろう……」

 

 悪魔はそう言って犬塚の頭を鷲掴みにした。

 

 焼けるような痛みが犬塚の頭を襲う。

 

 無様に悲鳴をあげる犬塚を無視して、悪魔はぐりぐりと頭を捏ね回した。

 

「ぐぅううう……やめ……やめ……やめ……」

 

 白目を向いてうわ言を繰り返す犬塚を悪魔は手放さない。

 

「我が名はמכוהミクヴァ消えること無き傷を司る悪魔……!! お前は素晴らしい傷を抱えている……!! もっと見せてみろ!?」


 そう言って悪魔はずぶりと犬塚の頭に指を差し込むと、くりゅくりゅと掻き混ぜながら囁いた。


「ほうら……坊やお食べ……? 晩ごはんですよ?」

 

 ニタニタと嗤いながら悪魔はなおも犬塚の脳みそを掻き回し続ける。

 

 犬塚は涙と涎を垂れ流しながらひっく……ひっく……と嗚咽を漏らして懺悔した。

 

「赦して……神様……お母さんごめんなさい……先生……」

 


 その時真白が大声で叫んだ。

 

「わたしの部下を放しなさい……!!」

 

 ちらりと真白を一瞥した悪魔の身体が硬直する。

 

「ああ……お前の虎馬だったね……矮小過ぎて失念していたよ……」


 そこには蛇のような紅い目で、悪魔を睨みつける真白の姿があった。

 

「応援を要請しました……!! このまま司祭が来るまであなたを拘束します……!!」

 

「司祭……司祭ね……」

 

 悪魔はくくくと喉を鳴らして嗤うと、心臓が止まりそうな目で真白を見据えてつぶやいた。

 

 

「お前は自分が仕えているか理解っているのか?」

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