1-23【顕現】  


 閉じた瞼の外側で何かが起きている。


 しかし、真白の身体は術の代償で微動だにできなかった。


 成すすべがないまま固まっていると、何者かが真白の身体を抱えて跳躍するのを感じる。

 

 

「い、犬塚先輩!?」

 

「そうだ間抜け……!! いつになったら動けるようになる!?」

 

「途中で片目を閉じたので、半身だけならもう少しすれば動くはずです……!! 全身に自由が戻るにはまだ数分かかります。状況は……?」

 



……悪魔憑きからマジもんの悪魔に成り代わりやがった……!!」

 

「悪魔が顕現したんですか!?」

 

「そういうことだ……」

 

 犬塚の視線の先ではめきめきと不気味な音を立てながら、女の首が天上に向かって伸びていた。


 やがてそれは伸び切るとコウベを僅かに傾けて、を咲かせる。


 血で真っ赤に濡れた女の骨は、まさしく地獄に咲く一輪の華のようだった。 




 犬塚はまるで警戒する野犬のように、背中を丸め息を潜めて華の中央を睨みつけた。


 四つに割れた女の頭蓋骨の中心で、小さな悪魔が身体を抱えるようにして目を瞑っている。

 

 

「顕現した悪魔を祓うにはが必要です……!!」


「どっちもねえな……」


 そう言って犬塚は真白を壁際に降ろし、リボルバーの銃倉シリンダーを開いた。

 

「なにするつもりですか!? すぐに撤退して応援要請を……!!」

 

「言ったはずだ……俺は悪魔憑きを赦さねえ……本物の悪魔ならなおさらだ……!!」

 

「無理です……!! わたし達、下位叙階の祓魔師では顕現した悪魔は祓えません……!!」

 

「祓う? 勘違いすんな……こいつはここで息の根を止める……!!」

 

 弾を込め直した犬塚は、パチン……と音を立てて銃倉を戻すと、眠る悪魔に銃口を向けた。

 

「犬塚弐急祓魔師……!! やめなさい!! 上官命令です!!」

 


言ったはずだ……お前の指図は受けねえ……」



 そう呟くと、真白の言葉を無視して犬塚は引き金を引いた。



「くたばれ……クソ野郎」



 ダン……ダン……ダン……と、鋭い音が続けざまに鳴り響く。


 先に支払った代償から開放され、真白が片目を開くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 

 

 むくろの華を中心に、球状に歪んだ時空の境界線で、犬塚の放った銀の9㎜弾が止まっている。

 

 メリメリと音を立てながら、見えない壁にめり込むようにひしゃげていく銃弾に、犬塚も顔を顰めて牙を向いた。


 

 真白の心臓がどくんどくんと鼓動を早める。


 不吉が目覚める気配がする。

 

 半身で這ってでも逃げ出したいような気持ちの中、真白はもう一度犬塚に言った。

 

「今ならまだ間に合います……!! 撤退して応援要請……それから周囲の避難誘導を……!!」

 

 

 

「悪い……」

 

 犬塚は振り返らずにぽつりと言った。

 

「犬塚先輩……!!」

 


「どうやら間に合いそうにねえ……」

 

 真白が視線を上げると、悪魔の目がゆっくりと開き、その口元を邪悪に歪めるのが目に止まった。

 

 それと同時に甲高い笑い声がけたたましく鳴り響き、二人の心臓を凍りつかせるのだった。

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