1-22【代償】  


 

 真白は片目を瞑りつつも、もう一方の目を見開き女を睨みつける。

 

 しかしそれでも、ずるずると迫りくる女の腕は、一向にその動きを止める様子は無かった。

 

「あらあらあら? どうしたの? あなたの可愛いお顔にどんどん手が近づいてくるわよ?」

 

 ニタニタと残酷な微笑を顔面に貼り付けたまま、女はそう言ってずるずるずるずる……と腕を伸ばす。

 

 その手は焼け石のように赤く熱され、ひび割れの奥からは溶岩のような血液が、ジュー……ジュー……と、音を立てて流れ落ちた。

 

 それでも真白は動かない。いや。動くことが出来なかった。

 

 ……代償……

 

 それは虎馬を行使するためのリスク。

 

 真白のは、対象と両眼を合わせることで能力を発揮し、視線が合っている間、対象のいかなる動きも封じることが出来る。

 

 間合いと刹那の呼吸が勝負を決する真剣でのやり取りでは無類の強さを誇る能力だが、大きな弱点が存在した。

 

 それがこの代償。

 

 視線を外すと同時に、相手の動きを止めた時間と同等の時間、自身の動きが封じられる。

 

 辛うじて、両目を閉じることは免れたものの、片目を瞑った影響で真白の身体はすでに半身がまったく動かなくなっていた。

 

 故に視線を合わせたまま、逃げ出すことも叶わず、迫りくる致命的なが自身の顔をむごたらしく撫で回すのを待つしかない。


 それでも真白は残されたまなこで女の目を睨み続けていた。


「ほんとにムカつく目ね……その目は焼かずに醜く変わり果てた自分の顔を見せつけて、たっぷり後悔させてあげる……絶望に染まったその目を見るのが楽しみね……?」



 目前にまで迫った焼けた手は、非情な熱を放っていた。


「後悔しますよ……?」


 熱さで閉じそうになる目をなんとかこらえて、真白が女に向かって口を開くと、女は自信たっぷりに言い返す。


「あなたがね?」



 その時女の背後で低い声がした。

 

 

「いいや。

 

 


 女は振り向こうとしたが、蛇の目に睨まれた身体では、完全に振り返ることが出来なかった。



 ……まずいまずいまずいまずいまずいまずい…………!!



「お願いやめて……!! そんなことしたら……私の魂が……!! だいたい何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!? 一体私が何をしたって言うのよ!?」



 身動きできずに喚き散らす女に向かって、犬塚は冷酷に吐き捨てる。

 

「地獄に堕ちろ……クソババア……!!」


 


 乾いた銃声が響き、犬塚の弾丸が、女の蟀谷こめかみを貫いた。

 

 それと同時に長々と伸びた腕が、ぐしゃり……と音を立てて床に落ちる。

 


 真白はそれを確認すると、大きく溜め息をついて目を閉じた。

 


 ……今から数分はまともに動くことが出来ないだろう……

  

 ……先輩が来なければ危なかった……

 

 

「おい、新米……!!」

 

 犬塚の声が響いた。

 

「今代償の影響で動けないので、要件だけ言ってくれますか?」

 

 目を瞑り、気の抜けた声で真白は答える。


 それとは正反対の低く張り詰めた声が、目を閉じた真白の暗闇に木霊した。


 

「くそが……!!」

 


 目を閉じていてもなお感じるほどの、身の毛のよだうような邪悪な気配がした。

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