1-21【素顔と引き換えに】


「虎馬開放……!! じゃの目……!!」


 そう言って真白は、再び瞳を紅く光らせ、アキラの母の目を睨みつけた。


 すると優雅に舞い踊っていた女の身体がぴたりと動きを止める。


「犬塚先輩……!! アキラくんを……!!」


 その言葉よりも先に、犬塚はアキラに向かって走り出していた。


 炎の中を突っ切ってアキラを抱きかかえた犬塚が飛び出す。


 アキラは相変わらず生気のない顔で涎を垂らしながら、ぼー……と焦点の合わない目をしている。



「すぐに戻る……!! それまで持ち堪えろ……!!」



 犬塚はそのままの勢いで窓を突き破って建物の外へとアキラを逃がした。



「小娘……私に何をした……!?」



 真白はその言葉を無視して、女の目を睨み続ける。


「やはり火事の元凶はあなたですね……?」

 

 燃え盛る炎の中で真白が問いかけた。

 

「いいえ? アキラと主人がやったのよ?」

 

 真白の瞳の奥、視神経と大脳の連結部あたりに、ジクジクと鈍い痛みが蓄積されはじめた。

 

 ……今この術を解くのはまずい……

 

 真白は苦痛に顔を歪ませながらも口を開く。

 

「あなたが仮面で操ってでしょ? 自分は安全な所に隠れて、子供に放火をさせるなんて……あなたに母親を語る資格はない……!!」

 


「五月蠅いわよぉおおお……!! 子供を産み育てたことも無い、あんたみたいな小娘に何が分かるの!? 私はね、家族のために全てを犠牲にしてきたの……!! それなのに、みんなそれを当たり前のように……アキラが不良とつるむようになったのだって、全部旦那のせいよ!! あの人が良き父親として振る舞っていれば、あんなことにはならなかったわ……!! 私がどれだけ最高で完璧な家族を作ろうと努力しても、伴侶の協力的な姿勢がなければ全ては水の泡よ……!!」

 


「そうやって、周りに自分の欲望を押し付けて操ってきたんですね? 最高で完璧で家族なんて、この世には存在しない……みんな問題を抱えながらも、互いに寄り添い合って、妥協し合って、支え合って生きてるんです。あなたのに周りを巻き込むな……!!」

 


 その時一際鋭い痛みが走り、思わず真白は片方の目を瞑ってしまった。

 

 それと同時に女の身体に部分的な自由が戻る。

 


「あら? 右手が動くわ? それに首と、あら……左足も……」

 

 そう言って女は壁にある残忍な笑みを浮かべた仮面にずるずると手を伸ばした。

 

 長く伸びた手がそれを掴んで元に戻ると、女は歯を食いしばってケロイドだらけの焼け爛れた自分の顔にその仮面を押し付けた。


 肉の焼ける音と、女の悲鳴が真白の耳を刺す。


 あたりに焦げ臭いニオイを漂わせながら女はハァハァと肩で息をすると、再び元の調子に戻って言う。

 

「いつまでも最高の美貌でいられるからと、顔を手放したはいいものの……やっぱり素顔が醜女ブスになるのは、女として悲しいものよね……?」


 焼き付いた仮面がまるで生きているかのように、のたうちながら女の顔に定着すると、ケロイド顔が消え失せ、美しく残忍な表情を浮かべたアキラの母の顔が現れた。



「まさか……素顔と引き換えに……悪魔と契約したんですか……?」


 先程の焼け爛れた顔を思い出し、真白の全身に悪寒が走った。


「ええ……ね。とっても痛かったわ。悪魔が熱した切れ味の悪いナイフで、ゆっくり、ゆーっくり、顔の皮膚を削ぎ落としていくのよ?」


 そう答えた女は、相変わらず残酷な笑みを浮かべている。



「あなた、よく見ると可愛い顔をしているわね……? 思い付いちゃった!」

 


 女は口角を妖しく吊り上げて嗤う。

 


「若いって憎らしい……ああ憎らしい……憎らしいから……私とにしてあげる……」

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