1-19【死神と最終楽章】
真白は咄嗟に振り返り、刀を抜こうとした。
しかしそこにいるのは気味の悪い真っ白な顔に、血走った目、そこから涙を流して嗤うアキラの父だった。
巨大な鎌を構えて振り抜かんとする男を見て、真白の頭に様々な思考が駆け巡る。
アキラくんのお父さん!?
無理だ
殺られる
人は殺せない
操られてる
それでも
悪魔憑き
……アキラくんを助けないと……!!
沈痛な表情で柄を握る手に真白が力を籠めたその時だった。
突如現れた黒い影がアキラの父を突き飛ばした。
見ると蹴り抜いた足を畳む犬塚の姿がそこにはあった。
「せ、先輩……!?」
腹部を押さえてよろよろと立ち上がたアキラの父が、再び鎌を構えて犬塚に向かって猛然と走った。
ひゅん……と音を立てる鎌の一薙に大きく距離を取りながら犬塚が叫んだ。
「馬鹿か……!! お前はガキに集中しろ……!!」
今度は距離を保ってゆらゆらと揺れるアキラの父は、まさしく死神の様相を呈している。
「お願いします……!! この曲が鳴り止むまでに二人の踊りを止めないといけません……!!」
「どういう意味だ?」
「おそらくこの踊りが……あの仮面でアキラくんの心を完全に殺すための儀式です……仮面の裏に針が見えました……すでに危険な状態かも……」
「ロボトミーの真似事か……!? 趣味の悪いババアだ……」
「あと殺しは厳禁です……!! ”汝殺すなかれ” お父さんの制圧保護に徹してください……!!」
そう言い残して、真白は母親の方へと駆け出した。
「くそが……!! 悠長なことばっか抜かしやがって……」
悪態をつきながらも、犬塚はリボルバーに伸ばした手を止めて、再び二本のナイフを握った。
……演奏終了まであと僅か……
流れる曲は最後の楽章に突入し、急速に激しさを増していった。
パーカッションが小刻みに拍子を刻み、シンバルが追い立てるように鳴り響く中、真白はアキラの母に向かって全速力で駆け出した。
しかし女は勝ち誇ったような笑みを浮かべて新たな仮面を呼び寄せる。
「残念でした! あなたは生まれ変わったアキラくんの玩具にしてあげる……!! それまでその仮面と踊ってなさい……!!」
躊躇いなく真白は抜刀し、仮面を付けた影を薙ぎ払っていく。
しかし曲は先程までの激しさが嘘のように
アキラの父が振るう鎌をナイフで受け止め、生真面目に真白の命令に従った自分を嫌悪しながら、犬塚はリボルバーを抜き母親に銃口を向ける。
「くそが……!!」
しかし母はくるりと身体を入れ替えて、アキラの陰に身を隠すと邪悪に口角を吊り上げほくそ笑む。
「はい!! 時間切れぇええ……!! アキラくんの魂は誰にも渡さない……!!」
最後のヴァイオリンが、静かに響きを弱めゆき、差し込む月光が、徐々に暗転するスポットライトのように細くなる中で、真白の叫び声が響き渡った。
「アキラくん……!!」
その声に、ほんの僅かにアキラが反応した。
母の傀儡になることを望まぬアキラは、最後の抵抗として真白を見やる。
その目から細く頼りない涙が一筋零れ落ちた。
「虎馬を開放する……蛇の目……!!」
真白の冷たく燃える声が、月明かりが途絶え暗転した室内に響き渡った。
犬塚は咄嗟に真白に目をやると、自分の中の野生が、ぞくり……と粟立つのを感じた。
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