1-18【仮面舞踏会】

 

 サン=サーンスの曲に合わせて黒い剣が宙を舞う。

 

 真白の喉を、太腿を、心臓を貫かんとして、代わる代わる剣が舞う。

 

 ひゅ……ひゅ……と、降りかかる死神の吐息を躱しながら、真白は来るべき時を待っていた。

 

 ……死の舞踏……

 

 ……演奏時間はおよそ七分ほどだろうか……

 

 ……おそらくそれがアキラくんに残された制限時間……

 

 曲が進むにつれて高まる焦燥感を、真白の頑強な精神が押さえつけた。

 

 断固たる意思と覚悟をもってして、真白は刀を抜かずに時を見定める。

 

 

 あん、どぅ、とわ、あん、どぅ、とわ……と繰り返される死のワルツの間を縫って舞い踊る真白を目にし、アキラの母は思わず歯軋りする。

 


 ……嗚呼、忌々しい、忌々しい……

 

 ……我が子を狙う不浄な女……


 ……透けて見える若い肌……


 ……男を誘惑する魔性の生き物……


 ……助け出した暁にはこの子の記憶に一生涯居座るに違いない…… 

 

「そんなことは私が絶対に許さない……!!」

 

 キィキィと気狂いじみたヒステリックな奇声を上げて、アキラの母が大声で叫ぶと、影達は真白の周囲まわりをぐるりと取り囲んで切っ先を向けた。

 

 退路を塞ぎ、同士討ちも厭わずに、真白目掛けて突進する影達を前にして……

 


 真白の目に冷たい光が揺れた。

 

 ……届く……

 

 それを確認した真白は右手で柄尻を握り、右足を異様に長く踏み込んだ。

 

 案の定体勢は大きく崩れ、真白の身体は右前に転びそうになる。

 


「馬鹿な女……! 自分でつまづくなんて、間抜……け……?」

 

 

 勝ち誇った女の声が、急速に勢いを失った。

 


 真白の刃は右前に伸ばした足を追いかけるように鞘から抜き放たれると、左から迫る影達の足を両断した。

 

 刀の勢いを殺さぬよう、地についた右膝を軸にして、真白の左足が再び地面を強く蹴る。

 

 すると真白の身体は鋭い弧を描いて折り返し、右から迫る影共の足も同様に切り払った。

 

 

 ……辰巳一刀流、水面三日月みなもみかづき……

 


 ”刃主従體じんしゅじゅうたい”重心と刀そのものの動きを旨とするこの流派は、腕力が別段強くない真白のような人間にも、必殺の一撃を可能にする。


 ……刃に従い、己を消す……


 しかしそれは同時に、一度抜かれた刃を、己の意思では曲げられないこと意味していた。


 ……刃を振るう、それはすなわち、相手か自分のどちらかが死ぬ時……

 

 月明かりと闇の狭間で、そんな必死の剣を振るう真白は、酷く透き通っていて、そのまま消えてしまいそうですらあった。

 


 しかし真白は覚悟を灯した確かな眼光でもって、アキラの母を睨みつける。

 

「アキラくんを開放しなさい……さもないと断罪対象としてあなたをここで祓います……!! バチカンとキリストの名のもとに……!!」



 女はボリボリと、自分の皮膚を掻き毟った。


 長く伸びた爪の先には襤褸襤褸ぼろぼろと剥がれた皮膚がこびりつき、剥かれた肌の下からは赤黒い皮膚がみちみちと顔を出す。



   めりめり……みちぃ……


        めり。

 

  ……みちみちぃ……


 

……!? 一体何してるの!? 役立たず……」

 

 大声でそう叫びながら変貌していく女に切っ先を向けて、真白が構えを取った。

 

 ……どこか主語の噛み合わない言葉が気持ち悪い……


 そんなことが頭を過った瞬間、真白ははたと気がついた。




……!!」

 

 

 背後の暗がりから、死神の仮面を被り巨大な鎌を振りかざす、アキラの父が襲いかかってきた。

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