1-17【死の舞踏】
月光の差し込む広いリビングの中心に、二つの影が寄り添うように立っていた。
影の一人は裾の大きく広がった臙脂色の
互いの腰を密着させて、手に手を取ったまま二つの影は微動だにしない。
不気味なほどの静寂と、あまりの気配の無さが、かえって真白の神経を逆撫でした。
……まるでマネキンかナニカのよう……
そんな事を考えつつも、気がつくと真白は鞘を左の腰に差し、鍔に親指をかけていた。
ぷつ……
部屋の暗がりで微かな物音がして、真白は咄嗟にガバリと身体をそちらに向ける。
視線の先では
どうやら先程の物音はレコードに針を落とす音だったらしい。
彼方から微かに、しかし確実に、迫りくるような、低音で
きぃぃぃぃぃぃこぉぉぉぉぉ……!!
突如として大音量で響き渡るヴァイオリンに、思わず真白の身体が跳び上がる。
きぃぃこぉ……きぃぃこぉ……と、激しさを増し、間隔を狭める旋律がもたらす緊張感が、部屋を支配していた無音の緊張に置き換わると、部屋の中心に佇んでいた二つの影が優雅に舞踏を始め、壁中に掛かった仮面達も一斉に踊りに加わった。
母が身に纏うドレスの裾が回転に合わせてヒラリヒラリと広がるたびに、あたりに深い闇を撒き散らす。
……サン=サーンスの死の舞踏……
……妖しくも華やかで、どこか陽気な調べの奥にも、底しれない闇の気配が漂うそんな曲……
影のような身体を与えられた仮面達が、アキラと母の舞踏を引き立てるように周囲を舞った。
月明かりに彩られたその踊りは、美しくすらあったが、完成された動きと空間には生が紛れ込む一部の隙も無いように感じられる。
その舞踏はまさしく死を孕んでいた。
……その死が産道を押し広げ、この世に産まれ落ちる前にとめなくては……
真白は刀の柄を握りしめ、ふぅぅぅ……と細い息を吐き出した。
真白は左足に溜めた体重を一息に抜いてしまう。
崩れ落ちるように前傾になった身体を押し出すように、右の足が力強く地面を蹴った。
それは縮地と呼ばれる古武術の歩法で、まるで地面が縮むように間合いを詰めることからそう呼ばれる。
踊る仮面達に向かって横薙ぎに抜刀すると、数体の仮面がハラハラと両断されて宙を舞った。
「
真白は再び刀を鞘に納めて言った。
しかし女は踊りを中断すること無く優雅に舞い踊りながら口を開く。
「嫌よ。アキラくんは生まれ変わるの……それにこれは家族の問題よ……? 他人が口を挟まないでくださる……?」
影たちは、いつの間にか真白を中心にして、クルクルと踊り狂っている。
嗤う仮面と裏腹に、白塗りの奥から漏れ出す冷たい殺意が真白を肌をぴりぴりと突き刺した。
突如足を止めた影達は、自身の口から両刃の剣をずるり……と抜き出し、真白に向かって構えを取る。
月明かりに照らされた薄闇の舞台で、死の舞踏が幕を開けた。
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