夕月取材記録
和扇
さらすば峠
―ザッ―
《失礼、レコーダーの使い方がまだ慣れてなくて。》
《こほん。》
《今日はお越し下さり、ありがとうございます。》
《いやー、まさか応じて頂けるとは。》
《本当に助かります、―ザザッ―さん。》
【いえ、僕も誰かに話したかったので。】
《では、始めさせて頂きますね》
【よろしくお願いします。】
《まず、それを体験したのはいつ頃だったのでしょうか?》
【ええと、確かGWが終わった後くらいだから、五月中旬だったはずです。】
《なるほど、旅に良い時期、って奴ですね。》
【そうですね。】
《私はあんまり車とか運転しないから羨ましいですよ。》
【それほど難しい事では無いと思いますよ。】
《ははは、じゃあ今度どこか行ってみようかな。》
【良いと思います。慣れない間は近場の方が良いですよ】
《しかし、岐阜を南から北へ、なんて凄いなぁ。》
【昔からバイクであっちこっち旅してますから。この位は慣れてるんです。】
《はー、自分には絶対無理だ。日本縦断とか、された事あるんですか?》
【そうですね。】
《おおー、尊敬します。そちらのお話も、いずれ聞いてみたいですね。》
【一人旅だったので、あまり愉快なものでは無いと思いますが。】
《いえいえ、それを上手く纏めるのが私達の仕事なので!》
≪それは良かった≫
【今回のお話も上手く纏まるのでしょうか。】
《ええ、勿論!》
【そうですか、じゃあお話します。】
《よろしくお願いします。》
【あれは、岐阜市から高山市まで下道でツーリングしてた時です。】
【国道156号を北へ北へ、途中から国道41号に合流して北に、という感じで。】
《ふむふむ。》
【関市や美濃市までは町の中で。】
【そこから先は、なんて言えば良いかな。少し田舎に入った良い道、というか。】
(失礼します、ウーロン茶とアイスコーヒーです。)
《ああ、ありがとうございます。》
【ありがとうございます。】
≪続きを≫
【川に沿って走っていくので、道は右に左に、といった感じで。】
【でも良い道だったので、楽だったんですけどね。】
《ほうほう。》
【郡上市の道の駅で休憩しましたね。】
【そこから北へ進んで行ったら、凄い山道に入ったんです。】
《山道。》
【ええ、センターラインが無くなる位の道です。それでヘアピンカーブだらけ。】
《うっはぁ、それは大変ですね。》
【本当に。途中で何度か転びそうになりましたよ。】
【しかも、山に入ったから段々霧が出てきて。濃霧ってああいうのなんだな、と。】
《それは、私では運転は絶対に無理だ。怖い怖い。》
【ええ、止めておいた方が良いと思います。】
≪残念≫
《あ、すみません。話の腰を折ってしまいました。》
【いえ、話しやすいので助かります。ええと、どこまで話したかな。】
《郡上市から山道へ、という辺りですね。》
【ああ、そうだった。で、道が段々上っていくんですよ。】
【右に左にヘアピンカーブが繰り返し繰り返し。】
【それのせいか、気付いたら他の車はいなくなってまして。】
《国道って言うと広くて良い道、って印象だったので意外ですねぇ。》
《あ、酷い道、で
【そうですね、あれはまさにそういう道でしたね。】
【で、上っていくから分かったんですよ。ああ、ここ峠だ、って。】
《上りで山道、ですもんね。》
【はい。カーブは連続、標高が上がっても霧は晴れない。他に車もいない。】
【不安というか、怖くなってきたんです。】
《確かにそれは不安ですよね。》
【で、中腹くらいで、展望台というか、小さな休憩場所があって。】
【一旦、そこでバイクを止めたんです。】
《休憩、必要ですもんね。》
【ええ。そこは特に何も無かったんですが、木の看板?のような物が刺さってて。】
《看板?》
【うーん、なんというか。細い丸太を突き刺して、途中まで半分削った感じの。】
《あー、なんとなく分かります。木の板の部分が無い奴ですね。》
【そうですそうです。で、削った所にその場所の名称が書いてある。】
【で、そこには
《ほほぅ。名前が分かれば、現地取材に行けますね。》
【止めておいた方が良いですよ。あんな場所、行かない方が。】
《確かに。そもそも酷道なんて怖すぎる!》
≪コワイコワイ≫
【ははは。で、少し離れた場所で黒い何かが群がっているのを見つけたんです。】
【なんだろう、と思って目を凝らしたら、
《山の中に烏。》
【まあ、烏なんてどこにでもいますからね。】
【それで、よく見ると烏の塊の下には、石の台?みたいな物があって。】
《台?》
【石のベッド、とでも言うんでしょうか。上部だけが、まっ平らになってる感じ。】
《ふうむ?丸太を縦半分に切った感じでしょうか?》
【ああ、そうですそうです、そんな感じ!】
【で、見ていたら、烏が急に全部飛び立ったんです。】
《公園とかで鳩が、バササッ、と飛んでくみたいな?》
【そんな感じですね。で、石のベッドに何かがあるんです。】
《何か、とは?》
≪死体≫
【人間の死体でした。いや、死んでるけど生きてた。】
《うぅん?どういう事です?》
【ゾンビ、って言う感じです。全身ぐちゃぐちゃなのに立ち上がった。】
《えええ!?》
【烏が
【所々、骨とか内臓が見えてた。】
《ひ、ひいぃ。》
【で、全身ガクガクさせながら、ゆっくりこっちへ向かってきたんです。】
【身体が跳ねるように動いて、大急ぎでバイクに跨ってエンジンをかけました。】
【でも、かからなかった。】
【何度も何度も繰り返しました。ゾンビは休憩してた場所の目の前まで迫ってた。】
《そ、それで?》
【神様とか仏様とかに祈りながらやったら、ようやくかかったんです。】
【もう、大急ぎで走り出して。峠道をひたすら走って逃げられました。】
《おおぅ、良かった。》
【峠を越えて156号をひたすら走って41号へ繋がって、ようやく一息、ですよ。】
【で、そこから先は北へ向かって高山市へ入れました。】
《大変でしたね。》
【ええ、本当に。死ぬかと思いましたよ。】
【高山では、さっさとホテルに入って。予定全部キャンセルして翌日帰りました。】
《その状態じゃ、当然ですよね。》
【ええ。あー!色々と計画してたのになぁ。】
≪おつかれさま≫
【正直、もう岐阜はこりごりですよ。】
《そりゃ、そんな事があれば当然ですよね。》
【岐阜には悪いとは思うんですけどね。知り合いも住んでるから怒られそうだ。】
【とまあ、こんな感じです、僕が経験した事は。】
《貴重なお話、ありがとうございました。》
―ザッ―
「よしっ、これで纏まったぞ!」
録音した内容を元にレポートを作り上げた。
流石に疲れたが、我ながら良い出来だ。
これなら編集長も納得してくれるはず。
よし、提出してくるか!
「編集長!先日の取材記録です、確認お願いします!」
「ん、見せてもらおうか。」
レポートと音声記録を受け取った編集長は気難しそうな顔。
この顔で何度報告を突き返された事か。
正直、地獄の閻魔様の方がよっぽど優しいだろうと思う。
多分、同じ部署の連中は全員同意するはずだ。
この待っている間が一番怖い。
オカルトを扱ってるウチで一番怖いのが編集長とか、どんな冗談だよ。
処刑前の時間がそれなりに掛かるのが特に嫌だ。
「おい、
「は、はいっ!」
編集長が親指で別室を指してる。
ま、マジか。
別室行きになった奴は死ぬと伝わる、拷問部屋行きになるのか。
ああ、父上母上。
俺はもうダメみたいです、親不孝な息子をお許し下さい。
という冗談を思い浮かべるのは止めよう。
明確にバッサリ切り捨てられる想像が出来たけど、止めておこう。
じゃないと死ぬ。
「座れ。」
密室で二人きり。
大きめな机で、ほんの少し多めに距離を取れるのだけが唯一の救いだ。
編集長の対面に腰掛ける。
「お前、車は運転するか?」
「え?いや、あんまり……。」
俺の返答を受けて編集長は、ふむ、と小さく一声。
何だ?
俺が運転しない事がレポートと何の関係が?
「この峠の場所は確認したか?」
「い、いえ。探しても見つからなくて。そういうオカルトなのかと。」
取材対象の方が作り話をする事もあるから、この仕事だとそういう事は多い。
この点については、そこまで責められる事では無かろう。
「いいか、夕月。」
「は、はい。」
ごくり、と唾を呑み込んだ音。
それが、ここまでハッキリ聞こえるとは。
「まず、国道156号と国道41号は直接繋がっていない。」
「へ?」
「国道472号から国道257号へ入って41号へ行く道もあるが……。」
編集長が顎に手を当て眉間に
道の事はよく分からなかったから調べてなかった。
これはマズい、ひじょーにマズい!
「その道にヘアピンカーブが連続する場所は無い。」
「え。」
「国道256号ならヘアピンカーブが連続する場所がある。」
「となると、道を間違えたという事ですか?」
編集長は再び唸る。
「その取材対象者は、郡上市から北へ向かった、と言ったんだよな。」
「は、はい。」
「日本縦断もした。」
「そう言ってました。」
編集長が手にしていたレポートを、ばさっ、と音が出るように机に軽く投げた。
怖いぞ。
何を言いたいんだ、このオッサン。
あ、いえ、違います。
お兄さんです、お兄さん。
「そこまで旅の経験がある人間が、そんな初歩的な間違いをするとは思えん。」
「そうなんですか?人間なんだから間違う事だってありますよね?」
「間違える事はある。だが、そこまで大きく間違えるのは不可解だ。」
編集長は人差し指でトントンと机を突く。
「え、それはつまり?」
「取材対象者が走った道は存在しない。というか、走ったのは岐阜の道なのか?」
腕を組んで編集長は息を吐く。
それにつられるように俺も息を吐いた。
この流れなら詰められる事は無い、大丈夫そうだ。
「夕月、一つ聞きたい。取材対象者と連絡は付くか?」
「ええと、何度か連絡してるんですが応答がなくて……。」
「そうか……。となると、その対象者自体が、か。」
「どういう事です?」
よく分からない。
首を傾げるしかない。
何を言いたいんだ、このオッサ……いや、お兄さん。
「峠の名前は、さらすば峠、だったな。」
「は、はい。」
「それ、こう書くんじゃないか?」
メモ用紙に編集長が文字を書く。
だが、それは平仮名ではなく。
『
そう書かれていた。
「晒す、
「ちょうそう?なんです、それ?」
はあ、と編集長がため息を
なんだよ、そんな事も知らんのか、と言わんばかりの仕草は。
そーですよ、俺には教養なんてありませんとも。
「死体を野に晒し、肉食の鳥類に死体を処理させる葬儀方法だ。」
「え、日本でそんな事してるんですか?」
「していない。歴史上でも古代以降は行っていないはずだ。」
「古代人が化けて出た、って事ですか?」
編集長は目を瞑り、うーむ、と唸った。
「それも有り得ない事では無いが……。」
「なんか歯切れ悪いですね。」
「もっと後の時代で、結果としてそうなった、可能性もあるんじゃないかってな。」
「結果として?」
どういう事だ?
結果として?
意図しないで鳥葬になる事なんて有るのか?
いや。
そうか。
「口減らし。」
「ああ、そうだ。殺したうえで野生動物に処理させれば分からない。」
「って事は、もっと後の時代に発生したって事ですか?」
「まあ平安時代から戦後まで、食うや食わず、は有ったからな。」
「じゃあその怨念が取材対象者を襲った、と。」
「いや……。」
編集長は俺の事を真っすぐ見た。
「狙われたのはお前だ。」
「へ?俺、ですか?」
「ああ、音声記録を確認したか?」
「はい、それは勿論。何度も確認しましたよ?」
「そうか、じゃあこれを聞いてみろ。」
ボイスレコーダーの再生ボタンが押される。
その中に詰まっているのは当日の会話記録だ。
【しかも、山に入ったから段々霧が出てきて。濃霧ってああいうのなんだな、と。】
《それは、私では運転は絶対に無理だ。怖い怖い。》
【ええ、止めておいた方が良いと思います。】
≪残念≫
《あ、すみません。話の腰を折ってしまいました。》
【いえ、話しやすいので助かります。ええと、どこまで話したかな。】
《郡上市から山道へ、という辺りですね。》
かちり、と停止ボタンが押される。
「気付かないか?」
「え?え?何の事です?」
「こりゃ重症だな。お祓いの手配をしておくか……。」
「ど、どういう事なんです?」
「じゃあ、もう一か所聞いてみろ。」
レコーダーが操作された。
今度は取材の後半部分だ。
【高山では、さっさとホテルに入って。予定全部キャンセルして翌日帰りました。】
《その状態じゃ、当然ですよね。》
【ええ。あー!色々と計画してたのになぁ。】
≪おつかれさま≫
【正直、もう岐阜はこりごりですよ。】
《そりゃ、そんな事があれば当然ですよね。》
「取材対象者の発言の間に何か聞こえたか?」
「い、いや、何も……。」
「そうか。俺には『おつかれさま』と聞こえた。」
「え、取材対象者からの労いの言葉、です?」
「違うな。」
再びメモ用紙に何かが書かれ、俺の前に差し出された。
そこには。
『お憑かれ様』
と書いてあった。
「憑かれ……?」
「お前は取材対象者を経由して憑りつかれたんだ、おそらくな。」
「ちょ、ちょ、ちょ、冗談キツイっすよ。そんな事ありえます?」
「じゃあ、もう一度再生してやろう。」
【しかも、山に入ったから段々霧が出てきて。濃霧ってああいうのなんだな、と。】
《それは、私では運転は絶対に無理だ。怖い怖い。》
【ええ、止めておいた方が良いと思います。】
≪残念≫
《あ、すみません。話の腰を折ってしまいました。》
【いえ、話しやすいので助かります。ええと、どこまで話したかな。】
「何か聞こえ……るわけ無いな。話の腰を折った、の前に『残念』と聞こえた。」
「は?」
「この会話の流れで残念、という事は、どういう事だ?」
「……俺が、さらすば峠に行けなくて、いや、来られなくて、残念……?」
「そういう事だ。」
ふう、と編集長が息を吐く。
今度は俺は息を吐けない、息が詰まる。
「あと、もう一つ。」
「これ以上要らないっすよ。」
「良いから聞け。」
勘弁してくれ、という俺に構わず、編集長は言葉を続けた。
「お前の記事を媒介に、もっと多くの人間を呼び込む気だった可能性がある。」
「そ、そんな事って……。」
「取材対象者が生きている人間だったかどうか、も怪しいな。」
「有り得…………ない、って言いきれない、っすね。」
「そうだ。オカルトってのはそういうモンだ。」
さてと、と編集長が立ち上がる。
「お祓いに行くぞ。お前も俺も、危険だからな。」
「は、はい。」
後で聞いた所によると、オカルトを扱っているとこういう事は多いらしい。
というかむしろ、こうした事があって一人前なんだそうだ。
怖すぎるぞ、この業界。
こりゃ、今後も色々ありそうだな。
ん?
そう言えば、あのレポートどうしたっけ?
編集長が処分してくれたのかな。
まあ、大丈夫だろう。
流石に誰も読まないだろうし、信じるわけもないしな。
さーて、次の取材に行きますかねー。
≪見ぃつけた≫
夕月取材記録 和扇 @wasen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます