第12話 うちの上司が定時に帰れるはずがない

「部長、お先に失礼します。ではアベルズの入口で、6時半に」

「はい、お疲れ様でした。18時30分に、アベルズ塩頭店入り口で」


 早出したこぶしは、16時が退社時間となる。松本へ退社の挨拶をするとともに、念のため買い物の予定を小声で念押しした。

 それを聞いた松本のほうはと言えば、毎日早出しているものの基本部内の皆が仕事を終えるまでオフィスに残っているのが常であった。最も早く出社し、最も遅く退社する、いわばオフィスの主のような存在である。

 部内で最も多い仕事量を担っているうえに部下の遅れ気味な業務を引き取りもしているため、手持無沙汰ということもない。

 そんな働き方をすれば超過勤務で問題になりそうなものだが、部長である松本は管理監督者のため時間の縛りは受けていなかった。


 こぶしの退社をデスクから見送って、松本は自分の業務に意識を戻す。各現場の報告や進捗状況確認、予算執行状況については朝に処理・決裁してしまっているので、午後からは人事や安全管理について執務することが多い。また、定期・不定期な現場の安全パトロールも午後の仕事だった。


 二時間ほど職務に集中し、松本は手早くデスクを片付けて席を立つ。

「皆さん、今日はお先に失礼いたします」

 残っている部員に声をかけ、松本はオフィスを出た。松本が去ったオフィス内は軽く騒ぎになる。

「部長がこの時間に退社…!?」

「何かあったのか!?」

「僕より早く帰る部長なんて初めて見ましたよ…」

「莫迦、俺も初めてだわ」


 オフィスを出た松本は、駐車場で愛車に乗り込みホームセンターへ向かう。

 「車は移動手段」程度の認識の松本だが、今乗っているこの車だけはデザインに惚れて購入し、大切にしている。

 一見して松本のイメージとはかけ離れた奇抜なデザインの車で、走り性能を重視する自動車ファンからは評判があまりよろしくない。「狼の皮を被った羊」などという人も居るほどだ。

 しかし、高速走行を日常的にするわけでもないので、松本は気にしていなかった。

 車幅が極端に大きい車であるが、その分車内も広いためこの手のシルエットの車の中では居住性よく、街中での走行性がピーキーでないのも気に入っていた。

 最も、外見に惚れて購入したのに自分の乗車中は見られないというのは迂闊過ぎる誤算ではあったが…。

「ふふっ、ままならないものですね」


 20分ほど愛車を駆って、松本はホームセンターの駐車場に到着した。店舗の入り口付近のエリアはすでに埋まっていたので、やや離れたところへ駐車する。

 目立つ車であるので、こぶしは既に松本を見つけて手を振っていた。


「お待たせしたようですね、すみません」

「いーえ、ちゃんと五分前ですよ部長。じゃ、早速行きましょう!」

 一度帰宅したらしいこぶしは、会社用のスーツからラフな普段着へ着替えていた。パーカーにジーンズ、スニーカーという服装のこぶしは、背の低さと相まって高校生…下手をすれば中学生くらいに見える。

(買い物に来た父と娘、に見られるでしょうか…)

 こぶしの私服姿に対して割と失礼な感想を抱きつつ、松本はこぶしに続いてカートを手にして店内へと進んだ。



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