思ったよりも呆気ない転生

__さ、_ル様__

何者かを呼ぶ声と誰かに揺さぶられる音で私は微睡みから目覚めた。

久し振りに快眠することが出来たことで、あんなに苦痛だった睡眠から私は目覚めたくないとまで感じていた。

しかし目を瞑り雑音から抜け出そうとしてもその音は大きくなるばかり。

「んん…あと5分、だけだから…」

つい不満の声を漏らしながら、音から逃げるように布団を被り寝返りを打つ。

そこでふと我に返りこう思う。

「(私って声出せたっけ…?)」

そういえばいつも感じていた呼吸器の息苦しさや圧迫感もなく、点滴の針が擦れる音も傷が膿む感覚もない。

布団の外側では先程よりもくぐもりはしたがそれでも明瞭な声でまた誰かが何者かを呼ぶ声が聞こえる。

「あと5分って先程も仰いましたよね!?ほら、起きて下さい!」

先程よりもその何者かーここでは声の特徴より便宜上”彼女”と呼ばさせて頂くーのはきはきとした真面目そうな声色と揺らす力が強まったように感じられた。

私に敬語で語りかけてくるのは病室の看護師さんかはたまた主治医か、ひとまずその類の限られた人間しかいないはずだ。

しかし彼女のような若い女性は、どれだけ記憶を掘り返してみても見当がつかない。

うんうんと首を傾げて唸っているうちにいきなり上に乗っているはずの布団の重みが消え、溢れんばかりの陽光が私に降り注いだ。

思わず眩しい、と悲鳴を上げて手で目元を覆いながら、側に立っているであろう彼女に太陽の光を避けるように目を細めながら、

「どうして寝かせてくれないんですか!?いくら新任の看護師さんでもこれはちょっと酷いですよ!」

と強い口調で文句を言い、視界が明るさに慣れてきたので手を退けて目を開けて彼女がいるであろう方向を見遣る。

するとそこには上品なクラシカルメイドを着こなし、淡い茶色の髪を頭頂部近くできっちり結い上げている見たこともない若くて美しい女性が、きょとんとした顔をしながら直立不動の姿勢のまま固まっていた。

思わずへ、という間の抜けた声を発してまじまじと相手を見つめていると、彼女は大丈夫ですか?と不安そうに訊ねてきた。

彼女の問いに私は混乱から答えることが出来ず、困惑を色濃く瞳に映しながら起き上がり、ベッドの上から辺りを見回した。

見覚えのない広い部屋、上品で高級そうな調度品、天井から朝日を受けてきらきらと輝いているシャンデリア、全てが白と暖色系のパステルカラーで統一された清潔な室内の中央に鎮座している豪奢で洗練されたデザインのキングサイズベッドに私は横たわっていたようだ。

私の知っている景色ではないこの光景に驚きを隠せず、思わず隣で心配そうに見つめる彼女に向かってこう、問いかける。

「…あ、貴女は何方でしょうか…?」

その問いかけに彼女は驚いたように目を丸くした後、もしかして疲れで記憶喪失になられたのですか?、と哀れみの眼差しを向けてきた後、自らをLouise・Aimée(ルイーズ・エメ)と名乗ってくれた。

るいーず、と何時もよりやや舌っ足らずに口の中で彼女の名前を転がすと、彼女ールイーズーは怪訝そうな表情を浮かべながらそうですよ、と微笑まれる。

「…ひとまず支度を始めましょう。学校に遅刻してしまいますよ」

そう言って私の手を掴みそっと起き上がらせると、二度寝しないでくださいよ、と釘を差してから扉を開けて外に出ていった。

私は一先ず身を起こした後、やや控えめな声ではあるが「もしかして…荒手のドッキリ?」と呟き、部屋の窓際に位置する、2mはあろうかと思われる程の綺羅びやかな装飾が施された巨大な全身鏡の前まで歩みを進める。

鏡を覗き込むと…そこにはが映っていた。

現世にいたら明らかに深窓の令嬢であろう色素の薄い白い雪肌と伏し目がちな長い睫毛で縁取られた星屑を閉じ込めたような美しい桜色の瞳、淡く白茶に染まった髪は直毛で腰まで伸びている。

年齢は…10歳前後だろうか。何時もより目線が低いようにも感じられた。

私の知らない私。此れはもしや…そう考えると先程の不可解な自称にも説明がつく。

そして私は今度は抑え切ることが出来ずにこう叫んだ。

「もしかして私…異世界転生してる!?」

鏡に映るも、同じ様に瞳を限界まで開きながら其の小さな口をぽかん、と開けていた。


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