第22話 追憶:永遠の2秒間

 一頻り話し終えた後、彼女は腰を上げ、その場で踵を返す。舞うスカートは、カサブランカのようだった。


「そろそろ、ここを出ようか」

「出ようって、出られるの、ここ?」

「ここ夢なんでしょ? あんたの」

「そ、そうだけど」

「なら、出られるさ。止まない雨は無いように、覚めない夢はないのよ。……あんたの頑張り次第だけど」

「え?」

「あんた、まだ本心ではここを出たくないって思ってるでしょ」

「い、いや、そんな筈は……ない……と思う」

「ほら、やっぱり迷ってるんじゃない」


 泣いてシワのついた額にデコピンをかまされる。

 痛い。


「だって、仕方ないでしょ! ここを出たらもう……梨珠には会えなくなるんだから」

「じゃあ、ずっと此処にいるわけ?」

「べ、別に私はそれでも……」

「良いわけないでしょ!」


 やっぱり、貴方はそこまで甘えさせてはくれないんだね。

 彼女は私の肩を掴み、力を入れる。


「そうなったら、私の気持ちはどうなるの? 今の貴方の世界はどうなるの?」

「それは……」


 確かに、私はもう塞ぎ込んでいる暇がないほど重要なポジションに位置取ってしまった。

 それに、梨珠の気持ちだって……。

 その瞬間、頭に少しの痛みが走った。


「私の遺書、読んだんでしょ?」

「遺書……あぁ。確か、【鳥になれたら】……だっけ?」

「バッカ! そっちじゃないわよ。莉子向けに特別に書いた手紙の方よ」

「手紙……うぅ、頭が」


 頭の痛みが増す。

 何かを忘れている。それも、とても大切な、忘れてはいけないことを。


「見つけた。きっと、それが『鍵』なんだね。苦しいだろうけど、もうちょっと頑張って」

「あァ……」

「あんたは、どうして今回の人生では頑張れると思ったの? 人に優しくしようって思えたの?」

「そ……れは……」

「それは、死ぬ直前に何かを見たからじゃないの?」

「私は……何を見て……」


 激痛が頭を襲い続ける。でも、不思議とその痛みの先に何かがある気がしてならない。


「あんたは、私の死に直面して塞ぎ込んだ。でも、そこから、立ち直ったんでしょ? だから外に出た。……まぁ、最終的にはそのせいでトラックに轢かれたわけだけど」

「なんでそんなこと……」

「見てたからよ。天の上からあんたを見ていたの」

「う、嘘だ……。だって今ここにいる梨珠は、私の夢が作り出した幻想で……そんなことを知ってるわけがない」

「さぁ、どうだろうね。でも、これが例え幻想だとしても、きっと私の考えは本物と変わらない。どっちにしても、莉子の味方だよ」

 

 彼女は表情を和らげる。

 冷えて暗い公園に灯りが灯る。


「さぁ、私は話した。今度は莉子の番だ」

「私は……私はァ!」


 割れそうな頭を片手で抑える。もう少しだ。もう少し手を伸ばせばきっと。


「私は、塞ぎ込んで引き篭もってゲームばかりして、そんなとき、梨珠の2人で撮った写真を見つけて……」

「そうだよ! もう少し頑張って! 莉子!」

「それで思い出したんだ……梨珠が最期の日に、私のロッカーに手紙をくれていたことを」

「その手紙は直ぐには読めなかったんだよね」

「うん。怖かったんだ……梨珠に恨まれていたらって考えたら、封筒を開くことすらできなかった。でも、このままじゃダメだって思ったんだ。だから……」

「読んだんだよね。毎日、忘れないようにわざわざ机の上に置いていたその手紙を」

「そうだ……。読んだはずだ。その……手紙の内容は……あァァ!!」


 痛すぎて頭がおかしくなりそうだ。

 でも、背中を摩る優しい体温が、それを和らげてくれる。

 梨珠の手だった。


「あと一歩だよ、莉子!」


 片手を伸ばす。

 すると、夜だった筈の空に段々とヒビが入り、その隙間から明るい光が差し込んでくる。


 それと同時に、脳内に記憶が流れ込んできた。


『はじめに一言、ごめん。こんなことをしたら莉子が悲しむってわかってたのに。でも、それ以上に、貴方を傷つけたくなかったの。私はもう限界で、いつ貴方にまで牙を向くかもわからなかったから。でも、こんなずるい私の話を聞いてくれるのなら、一つだけ聞いてください。

どうか、自由に生きて。私は貴方を恨んでいません。恨んでいないどころか、大好きです。だからこそ、生きて。そして、どうか塞ぎ込まないで。私は負けちゃったけど、まだ貴方は負けてない。完全に倒れるまでは負けじゃない。どうか、打ち勝って。幸せな未来を勝ち取って。いつでも私は莉子を見てるから。いつでも貴方の味方だから。』


 ただの文字なのに、暖かく、それでいて優しい記憶だった。

 私は、この手紙を読んで、外に出た。そして、久しぶりの外に気を取られて、クラクションの音が聞こえなくてそれで──。


 やはり、私は馬鹿だ。こんな大事なことを忘れていたなんて。


「思い出したんだね、莉子」

「うん。梨珠、ありがとう」

 

 砕けた空のヒビは段々と広がり、次々と割れていく。まるで、鏡のように。


「あの時、もう少し違うタイミングで読んでくれれば、また違ったんだけどね」

「いいのよ。事故があったから、この世界に来れたんだ。こっちの世界で私は幸せだし」

「良い人に巡り会えたんだね」

「うん。皆んなほんとに良い子ばかりだよ! エティとか、ライズは梨珠にも紹介したかった」

「そっか。それはまた楽しみだね」

「え?」


 梨珠の言葉に意味を捉えかねていると、地面が揺れた。

 今度は地面にヒビが入っていく。空と同様に隙間から光が差し込んでくる。


「そろそろ時間みたいだ。さぁ、莉子。戻る準備はできたかい? 魔族と対峙する覚悟は決めたかい?」

「うん。もう私は迷わない。梨珠が見守ってくれるから」

「そっか。うん、良い目になったね。じゃあ、バイバイ!」


 彼女は手を振る。

 地面が崩れ去り、私の体も彼女の体も、光に包まれていく。


「うん! ありがとう、梨珠。大好きだよ!」


 彼女の腕を掴む。これで、本当の本当に最後なんだ。これでもかと言うくらい、彼女を感じていないと。

 そう思って彼女の方を向く。すると、頬を染め、今まで見たことのないほど照れ切った彼女がいた。


「あぁ〜。本当はまだ言うつもりなかったんだけどなぁ〜。ごめんね、莉子。今からするのは、私、早乙女梨珠の最初で最後の我儘だと思って受け入れて」


 そういうと、繋いだ手が思い切り引っ張られ、身体全体が彼女に急接近する。


「え──」


 言葉を発そうとした口が塞がれ、口に甘い味が充満する。

 時間が止まったと錯覚するくらいの衝撃が身体中を駆け巡った。

 それはひとえに──

 

 ──私の唇を塞いだのが、彼女の唇だったから。

  

 永遠に感じる2秒の後、唇が離れた。


「え、ちょ、な、え!?」

 

 彼女は笑っていた。混乱しまくる私を、嘲笑うように。


「私も、大好きだよ。愛してる。またね!」


 彼女は本当にずるい。

 突然キスなんかして。私が拒めないのを知ってる癖に。

 『またね』とか、そう言ってまた希望を持たせて。もう会えないってわかってるのに。

 でも、それが彼女で、そんな彼女を私は大好きなのだ。

 私はどうしようもなく、彼女の虜なのだ。


 そう理解する頃には、意識は完全に私のもとを離れていった。

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悪役令嬢に転生したので、ヒロインより先に勇者拾って勝ち逃げします! キエツナゴム @Nagomu_Kietsu

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