第21話 追憶:今、祝福の春風を

「つまり、莉子はゲームの世界に貴族令嬢として転生した。そして、弟に毒を持った他の令嬢を問い詰めようとしたところで、その背後についていた悪魔に魔法で眠らされたと」

「うん。油断しちゃった」

「しちゃった、じゃないわよまったく。その魔法が睡眠系の魔法じゃなくて、攻撃系の魔法だったら死んでたわよ、あんた」

「そりゃそうだけど……まさか、本当に信じてくれるとは」

「あんた、まだそんなこと言ってたの?」

「だって、この話を信じるとしたらさ……」

「この場所自体が『夢』ってことになるんでしょ?」

「!!?」


 本当に彼女は聡い。だからこそ、隠し事は無駄だと思ったのだ。


「なんで、どうしてそんなにも自分よりも私を信じられるの!? 今私のことを信じたら、今ここにいる梨珠自身が嘘になっちゃうんだよ!?」

「うん、そうだね」


 彼女は笑顔で頷く。


「なんでなの、なんでなのよ! いっつも梨珠はそうだ! 私の言うことばかり聞いて自分の本当にしたいことは話さないじゃない!」

「うん、そうだね」


 まだ頷く。


「出会った頃から私の悩みばっかり聞いて、解決して…‥その癖して自分が悩んだ時は全く私に話さないし……」

「うん、そうだね。ごめんね」


 今度は、ブランコから降りて、私の正面に立って頷く。


「いっつもいっつも、自分より……わたしのことを考えてさ……自分が傷ついてることも隠してさ……馬鹿じゃないの?」


 また涙が出てきた。駄目だ。

 色々と堰き止めてた思いが、記憶が、言いたかったことが、後悔が。決壊して、全て吐き出してしまう。


「そうだね、私は馬鹿だね」


 梨珠は、私を抱きしめ、私の顔の横で頷く。

 彼女の顔は見えない。


「……ほんとに馬鹿だよ! ずっとずっと……くして隠して……最期はあんなになるまで思い悩んで……私には…‥声をかけずに……」

「ごめんね、そうだよね」


 また頷く。

 彼女の震えが体に伝わる。


「……なんで私に……ひとこと言ってくれなかったのよ……そうすれば、何もかも──」

「莉子に心配をかけたくなかったんだ。それに、声をかけたところでいずれはこうなってた。もう、ああするしかなかったんだよ。それに──」


 抱かれた手は一層と力強くなり、私は応えるように彼女の背に手を回す。

 心臓同士がくっつき、彼女の体温をしっかりと感じる。


「──私はそれでもあんたを選んだから」

「梨珠……」


 一瞬、脳内に弱った彼女の姿がリフレインする。

 精神的に不安定になり、肌に理由の無い傷と包帯が増えた彼女の。

 それでも、私に心配を掛けまいと無理矢理笑顔を作る彼女の。

 どこまでも、利他的で自己犠牲な彼女の。

 その姿が、輪郭を失っていき、段々と今の彼女に溶けて重なった。


 計算高く、聡い彼女だから気づいていたのだろう。集団で生きる女子がメインのグループから見放されればどうなるかということくらい。

 計算づくの関係は長くは持たなかった。『あいつら』も無干渉でいてくれればよかったのに。きっと、私と楽しそうに話す梨珠のことを許せなかったのだろう。


 でも、彼女はそれでも縛られて生きたくはなかったのだ。

 何処をどうしても最終的にはこうなった。だから、最期くらいは私といたかった。

 なんとなくだが、彼女はそう言っているように聞こえた。


 胸から『何か』が込み上げてくる感覚だった。

 その『何か』は喉につっかえて私の声が通る道を塞ぐ。その塞がれたに無理やり声を通す。

 

「私を……恨まないの?」

「莉子を? 有り得ないよ。私が莉子を恨むなんて」


 抱かれた手は解かれて、彼女は首を傾げる。


「でも、私と出会わなければ……私と話さなければ……私と仲良くなんてならなければ──」

「それ以上は言わないで。流石の莉子でも怒るよ」


 言葉の途中、彼女は私の口の前に掌を置く。


「莉子、あんたが教えてくれたんだよ、自由の良さを。人に囚われない生き方を。それをなかったことにしないで」

「でも──」

「莉子と出会わなかったら、きっと私は、要領良く人の顔色を読んで、それとない人生を送っていた。でも、莉子がいたから、私と友達になっていろんなことを教えてくれたから、私は心の底から笑うことができたんだ。莉子のおかげだよ」

「私の……おかげ……?」

「そ。あんたのおかげ」


 流れる涙を気にも止めず、彼女は私の頬に両手を添えた。


「莉子。私と友達になってくれてありがとう!」


 喉につっかえていたものが、ようやく外れた。 


「梨珠も、こんな私と友達になってくれてありがとう!」


 彼女は笑い、私も笑った。

 周りを行く夜の春風が、私たちを祝福しているようだった。

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