たかだか原稿用紙3枚分の世界

@hiyoko_mame1

第1話

通学用バッグの脇ポケットから、3枚の紙と筆箱を取り出す。


取り出した紙と筆箱をテーブルに置き、筆箱から少し細めのシャーペンを取り出す。


題名を書いて、

名前を書いて、


行の一番上から一升開けてシャーペンの芯を紙につける。



原稿用紙3枚分の世界に、色をつける作業を始める。


 ────────────────────


 朝。

 横に置いてあった文字盤が鳴きだす。

 その声を頼りに、僕は意識を浮上させる。

 真夏の暑さのせいだろうか。シーツは汗でぐしょぐしょになっている。

 頭の下に敷いてあったタオルを使い、顔を拭く。

 部屋のドアを開けて居間に入ると、タイマーを掛けていた為テレビから音が聞こえてくる。


「本日は昨日を超える暑さが予想され、関東甲信では───、」


 その音をBGMにして、朝食のパンをにバターを塗る。


 ピンポーン。


 インターホンが音を鳴らす。

 トーストにパンをセットした後、大急ぎで一階の玄関へ向かう。


 ドアを開けると、そこには見知った少女の姿があった。


「おはよう。今日は一段と髪がボサボサだね。」


 そう言われて頭に手を乗せる。

 元々癖っ毛なのもあるが、今日はいつもより酷くはねている。


「早く用意しないと。学校、遅れるよ。」


 そう言われて時計を見る。

 もう8時だ。


 僕は焦って部屋へ向かう。

 制服を着て、リュックを背負い、家の扉へ鍵をかける。


「おまたせ。」


「ううん。全然!」


 そして、自転車のペダルに足をかけ、力強く踏みしめた。



 【こんな典型的な恋愛ものも】


 ─────────────────────


「あと一週間で……一月た つの……。」


 少し煤けたカレンダーを前に、わたしは気持ちを落胆させる。


 一月前。

 突如現れた世界樹に、人々はいのちを吸い取られ始める。


 吸い取られる、と一重に言っても、いきなり養分がつきて死ぬわけではなく、人々の余命がカレンダーになって現れたのだ。


 余命は人によって違い、私のように一月のものから、30年もある人がいる。


 ふと、わたしは部屋を見渡す。


 怖いくらいにきれいな壁面。

 チリ一つない床。

 本や机はありがちな配置で、

 クローゼットにはありがちな服が並んでいる。


 普通になりなさい。それでいて、普通以上で有りなさい。


 私がいつも言われていた言葉だ。


 所詮、決められた路線を走るだけだった人生。


 最期くらい、はっちゃけでもいいのでは無いだろうか。


 玄関のドアに手をかける。


 靴も履かず、置き手紙も残さず、私はせかいへ駆け出した。


 幸せが始まる。そんな予感がした。


 【こんな終末ファンタジーだって】

 ──────────────────────


 ことり。


 シャーペンを机に置く。

 随分と長い時間書いていたのか、左手の側面は真っ黒になってしまっている。


 原稿用紙3枚分。

 決められた永さしか存在できない世界にどんな意味を持たせるかは、すべて私次第。

 典型的な恋愛ものにすることも、終末ファンタジーものにすることも、すべて、私次第。

 主人公はどんな過去を持っているか

 どんな世界観か

 どのような生き物が住んでいるか

 どの惑星にいるのか


 机上のコップひとつから、

 世界を左右する戦いの結末迄、

 その全ては、この手とペンに委ねられている。


 言うなれば、小さなひとつの理想の世界のひとつに過ぎない。


 原稿用紙3枚分。

 そんなほんのすこしの永さの理想の世界。

 あなたなら、どんな理想を映し出すのか?

 それは、私の知る良しではない。

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