夏休みがあった

芽春

夏休み(じゃない)

 図書館の、読書用スペースにポツンと一人。

彼女は汗を滲ませながら座っている。


「……暑い」


 私の声が図書館に小さく響きわたる。

 今日は本当についてない日なんだなと、スマホの

占いサイトに表示された「大凶」を睨みつけながら思う。

 親と喧嘩した勢いで家を飛び出したのはきっと間違いだった。

まさか近所の図書館のエアコンが故障中とは……

 私はこういう状況になると、

本を開いて心を落ち着かせるようにしているのに。

この暑さじゃあ頭が働かなくてちっとも話が入ってこない。


「何か……何か飲み物を……自販機……財布」


 本は諦め、水分補給をしようとカバンの中を財布を求めて探る。


「ん……あれ?おかしいな?」


 が、目当ての物の手応えがしない。


「もう……! 」


 手探りは辞めて、私はカバンの中身を机上にぶちまけた。

 ドサドサ!と音が響く。

 そして、机の上に現れたのは忌々しい夏休みの課題だけだった。


「……最悪。家に置いてきたのかな?」


 度重なる不運に気力が尽き、私は椅子にへたり込む。


「……」


 ぼーっとしているとどうしてもさっきの喧嘩の記憶が頭を巡る。

きっかけは……夏休みだから旅行にでも行こうと言った事だったかな。


 あの父親ときたら、「そんな事より受験はどうした」だとか、

「お父さんには夏休みなんて無いから無理なんだ」だとか……

こっちだって夏期講習の日程の合間を縫って頼んでいるというのに……


「ああ!もう!考えちゃダメだ!イライラする!」


 私は何も考えたくない一心で目を閉じて頭を伏せた。

そうしていると、暑さで鈍った頭が休まってきて……


 *


「ねえ、パパ。パパはどうして夏なのに休んでないの?」

「それはね、大人には夏休みが無いからさ」

「へんなのー。夏休みが有るなんてあたりまえのことなのに」


 ……ああ、懐かしい。

夢の中で私は何年も前の記憶を見ていた。

 あの頃は夏休みになると、暑さも気にせず毎日外で遊び回っていたっけ。

昔はまだ父さんと喧嘩するような事も無かったし、

何より塾も課題もほとんど無かった。

 ……思い返すと、私は随分残酷な事を言ったものだ。

夏休みに休め無くて一番辛いのは彼自身だったろうに。

高校になってからは私もちっとも夏休みが

素晴らしいものだとは感じなくなってしまった。

 大量の課題は出る、塾の気合いは入る……。

父さんは私が生まれた頃、いや、もしかしたら

もっと前から夏休みを無くしていたかもしれない。

……父さんも本当は夏休みを楽しみたいはずなのに。

それをずっと心の奥に押し込んでくれていたんだな。


 *


「……あっ」


 目を覚ますと、窓からは夕焼けが差し込んでいた。

私は汗で湿った身体を立ち上げて、荷物を纏める。

それが終わると、私はスマホの通話アプリを起動した。


「あー……もしもし、父さん?うん、今から帰る。

 あと……昼間は少し言い過ぎたよ。ゴメン」


 やるべき事が終わったら改めてまた家族を誘おう。

なーに、後一年頑張ればいいだけなんだから。

 そうすれば、私は夏休みを夏「休み」だって胸を張って言えるはずだ。

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夏休みがあった 芽春 @1201tamago

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