終.恐怖(前)


 ◆


 きさらぎ駅が暴力による廃駅処分がくだされていることが明らかになった。

 きさらぎ駅――因果も理由もなく電車に乗っただけの人間を異世界に誘い込むS級妖怪である。

 その異世界拉致能力を利用して、神聖八尺様帝国において外務戦乱大臣として活動、神聖八尺様帝国から出入りしようとすれば異世界に誘い、帝国の独立に寄与していた。


 この報告が神聖八尺様帝国皇帝八尺様のもとに届いた時には――既に遅かった。

 国土交通轢殺大臣猿夢もまた、暴力による廃線処分をくだされていたのである。


「侵入者は真っ直ぐにこちらに向かっているようですね」

 文部科学消滅大臣、A級妖怪姦姦蛇螺が平静な口ぶりで言った。

 異形の女であった。

 腕が左右にそれぞれ三つずつ、合計六本。

 それに対し、脚は一本――否、尾というべきだろうか。

 その下半身は蛇のそれであった。

 姦姦蛇螺が喋る度に、どこかしらで鈴が鳴った。


「ぽーっぽっぽっぽっぽ!!!!面白いぽねぇ……」

 玉座に座る八尺様もまた、愉快そうに言った。

 最高幹部である四大臣二名の物理除霊、それを一切苦に思っていない様子である。

 

「今日は侵入者の多い日のようですね」

 八尺様ルームの隅――小さい牢に囚われた少年をちらりと見て、姦姦蛇螺が言った。

 八尺様の討伐を目論見、城内に侵入してきた少年である。

 侵入から五秒で捕らえられ、今は気絶して八尺様ルームの奥ゆかしいインテリアになっている。


「馬鹿というものは禁足地とみれば足を踏み入れ、禁忌とあらば破らずにはいられないようだぽねぇ。全く可愛い奴らだぽ……で、侵入者はどう対処するぽ?」

「私法私刑大臣、渦人形が向かっています」

「渦人形はこの私にもっとも近い存在……せいぜい、どこまでやれるか見せてもらうことにするぽ」


 ◆


 神聖八尺様城、一階。

 そこで俺と私法私刑大臣、渦人形は対峙していた。

 小柄な人形の妖怪である。


 その首が目を引く。

 細く長いにも限度がある。

 ほとんど棒みたいな首で一メートル程度の長さがある 

 そして、目も口も空洞である。

 ぽっかりと空いた穴が笑顔のかたちをつくっている。


 渦人形のことは俺も知っている、C級妖怪だ。

 くねくねがちらっと姿を見せるだけで与えられる精神的ダメージの半分にも満たないものを相手に与える呪いと、相手に徹底的に付き纏って嫌がらせをする精神性だけを有している。

 さらに言えば、その相手に付き纏う精神性が故に――自分が取り憑いた一般人相手に物理でボコボコにされて、除霊までされてしまったという情けない経歴を持つ。はっきり言って、妖怪としての格は最低――何故、幹部としてこの場にいるのかがわからない雑魚のはずだ。


 その渦人形が強い。


「ホッ、ホッ、ホッ」

 機械的な笑い声を漏らしながら、華麗なフットワークで俺の周囲を回り、その長く細い首をしならせて、俺にヘッドバットを叩き込んでくる。

 頭部の重量はあるが、所詮は人形。一発一発が軽い。

 しかし、ダメージは順調に俺に溜まっていく。


「破ッ!」

「ホッ!」

 俺の巨頭オを躱し、一定の距離を取り――そして俺の隙を見てヘッドバットを叩き込んでくる。

 厭な戦い方をする。

 妖怪の付き纏いをそのまま物理戦闘に応用したような戦い方だ。

 俺は巨頭オを背にしまった。

 素手だ。俺は構え、渦人形のヘッドバットに備えた。


ッ!」

「破ァッ!」


 ヘッドバットをもろに受ける。

 そのかわりに俺は両腕で渦人形の首を捕らえた。

 いかにもへし折って下さいといわんばかりの、そういう格闘家をムラムラとさせるような細長い首だ。

 俺の太い腕と比べたらあまりにも頼りがない。

 俺は両腕に力を込め、渦人形の首をへし折らんとした。

「ホホホ……」

 渦人形が嬉しそうに嘲笑った。

 硬い。

 よく鍛え上げられた首だ。

 その細さの中にたっぷりと鍛錬の密度が詰まっている。

 渦人形の細長い首がしなり、俺は天井に飛ばされる。

 空中でバック転、俺は渦人形と距離を取り再度構える。


「ホホホ……」

 渦人形が自慢をするように笑う。

 そうだろう。

 嬉しくないはずがない。


 お前は部活をやっているだけの高校生に負けたことがある奴だ。

 しかも弱点を突かれて弱体化したというわけでもなく、相手に付き纏ったら怒り狂った相手に燭台でボコボコにされるという、妖怪としての威厳の欠片もない負け方をした奴だ。

 しかも自分を破壊した相手に対して、呪いを残すことすらも出来なかった。

 妖怪の恥と言っても過言ではない。

 お前という妖怪がいるだけで、あらゆる人間が暴力に希望を見出すことが出来る。


 それをお前は鍛え上げたのだな。

 ただの人間どころか、この俺を相手に出来るぐらいだ。

 猿夢もきさらぎ駅も破壊したこの俺を相手に戦えるぐらいに自分を鍛え上げてみせたのだな。


 そうだ。

 負けるのは苦しい。

 俺もその苦痛を知っている。

 だから俺も鍛えたし、あの八尺様も封印の中で自らを鍛え上げたのだろう。

 そして、お前もそうだ。

 凄い奴だ。

 その努力を思うと抱きしめてやりたくなるような気持ちになる。


 けれど、俺はお前を破壊する。

 その努力ごと、お前の全てを破壊する。


「ホホーッ!」

 渦人形のヘッドバットを受ける。

 俺はただそれだけに集中する。

 腹部に衝撃。腹の中が燃えるように痛い。

 渦人形が「ホホ」と笑う。だが、俺だって笑っている。

 俺は渦人形の頭部を掴んで、投げる。

 相撲でいうところの首投げのようなものだ。

 そのまま俺は渦人形に対してマウントポジションを取り、そして渦人形の頭部を殴った。


 硬い。

 首がそうなんだ、頭部だってよく鍛えられている。

 もしかしたら、殴られた渦人形よりも殴った俺のほうが痛いのかもしれない。


 再度殴る。

 俺の拳が渦人形の頭部を打ち付ける鈍い音がする。

 全く厭な音だ。

 どっちが破壊されているんだか、わかりゃしない。


 渦人形が嘲笑う。

 俺は痛みを気にせずにもう一発殴る。

 渦人形に目はない。目があるはずの場所には眼窩みたいな穴が空いているだけだ。

 けれど、その心に浮かんだ驚愕を俺はしっかりと捉えていた。

 そうだよ。

 一発の拳で破壊できないなら、破壊できるまで何発でも殴る。

 俺は今からそういうことをする。

 渦人形よ。

 お前が鍛えたように、俺だって鍛えてきたんだよ。

 もっとも、お前が失ったプライドは鍛え上げて取り戻すことが出来るけれど、俺が失ったものはどれだけ鍛え上げても取り戻すことは出来ないけどね。


 だから二度と失わないように、俺は戦う。


 ◆


「こんなところに、コトリバコが……助かったな」

 渦人形を破壊するとコトリバコを落とドロップした。

 コトリバコは持っているだけで死ぬレベルの呪物であるが、アイテムボックスとして利用できることでも馴染みである。

コトリバコを地面に叩きつけて破壊すると、呪いに使われた指と一緒に湯気を立てるラーメンが出てきた。

 ラーメンを啜ると先程の戦いで失われた俺の体力が回復し、傷が癒えていく。

 

 追撃が来ると思われたが、その気配はなかった。

 俺はエレベーターに乗り込み、五階、六階、四階、と特殊な順番でボタンを押し、最後に十階を連打する。

 神聖八尺様城は十三階建てであるが、エレベーターのボタンは十二階までしかなく、十二階に繋がる階段もない。

 そこで異世界に行く方法を応用して、エレベーターボタンを特殊な方法で操作する必要があるのだった。


 五階に着くと同時に、エレベーターの扉が開き女が乗ってきた。

「異世界に行く方法を知りたいかしら……?」

 女が俺に蠱惑的に囁く。

 エレベーターに乗ってきた相手と言葉を交わしてはいけない。

 どこに誘われるか、わかったものではない。


「ここで惨殺してやるから異世界転生しなァーーーーーーーーーッ!!!!」


 エレベーターは抵抗なく、俺を十三階――八尺様ルームへと運ぶ。

 チンという小気味の良い音を立てて、エレベーターの扉が開く。

 まずエレベーターからまろび出たのは、俺がボコボコにした女であった。

 そして俺が進み出る。


 玉座に座る八尺様、そしてその脇に控える姦姦蛇螺。

 悍しい気を放っている。

 その場に存在するだけで、目に見えない濡れた手で内蔵を直接撫で回されているかのように気分が悪い。


「ぽっぽっぽ、よく来たぽねぇ……」

 言葉と同時に八尺様が手の甲で拍手を行う。

 裏拍手――死人の拍手とも呼ばれている。

 近年でも禍話などのホラーコンテンツで取り上げられることもある裏拍手であるが、八尺様が行えばその意味は『お前を殺す』以外にはない。


「昇抜天閲感如来雲明再憎」

 俺はその呪文を三度唱えて、床に唾を吐き捨てる。

 この呪文と共に液体を飲み干せば、自分への呪いとなるが、相手に唾すればやはり『お前を殺す』という意味になる。


「ぽっ」

 軽い笑い声を漏らし、八尺様が顎をしゃくって姦姦蛇螺に合図を出す。

 文字通りの顎で使う、だ。


 六本の腕、そして一本の蛇の尾。

 その全身からたまらない妖気を立ち昇らせている。


「やりましょうか……」

 色気のある声で、姦姦蛇螺が言った。

 姦姦蛇螺が喋ると共に、鈴が鳴る。

 そして、ねっとりと俺の身体に殺意を伴った厭な空気が纏わりつく。


「やろ――」

 投擲。うを言い終わらない内に、俺は巨頭オを振りかぶり姦姦蛇螺に向かって投げつける。姦姦蛇螺が六本の腕で巨頭オを受け止める。俺は跳躍し、姦姦蛇螺の背に回る。そして、その背に正拳突きを――


「無作法」

 だが、姦姦蛇螺の蛇の尾が俺の足を締め上げる。

 両足がみしと音を立てている。

 しかしそのまま――打つ。


「ギャッ!」

 姦姦蛇螺が悲鳴を上げる――だが、俺の足を解放したりはしない。

 そのまま蛇の尾で俺の身体を振り回した。

 目眩、嘔吐感、頭痛。

 三半規管にダメージを与えられた後、俺の身体が床に叩きつけられる。


「れっ!」

 受け身は取れなかった。

 俺は強かに床に打ち据えられる。

 痛い。

 左右三対、六本の腕――確かに恐ろしい。

 だが、真に恐ろしいのは姦姦蛇螺の下半身が蛇であること、と妖怪ランクの解説にあった。

 まさか、こういうことだったとは。


 立ち上がらんとする俺を、姦姦蛇螺の尾が打った。

 鞭のように――ではない。バットのように、だ。

 勢いよく振り回された尾が、俺を壁に叩きつける。

 容赦がない――流石、思考よりも速く――姦姦蛇螺がその六本腕で俺に連撃を放つ。


 強い。

 豪雨に打たれているかのように、姦姦蛇螺の攻撃が止まない。

 次から次という言葉があまりにもふさわしい。


「ぽーっぽっぽっぽっぽ!!!!」

 八尺様が愉快そうに嘲笑う。

 楽しいだろう。

 身の程を知らない人間が圧倒的な力で、自分どころかその配下に打ちのめされているのだ。

 

 良かった。

 心の底から思う。

 もしも、これで心配でもされようものなら闘志が鈍ってしまうところだった。


「破ッ!」

 攻撃を受けながら、俺は左手で姦姦蛇螺の手首を、右手でまた別の手首を掴み、ドアノブを捻るように思いっきり捻った。


「ッ!」

 姦姦蛇螺が苦悶の声を漏らし、その痛みに攻撃の手を止めた。

 腕は六本あるが思考は一つだ。

 左手は痛みに悶えながら、右手は攻撃を止めない――そんなことは出来ない。

 俺はそのまま左中央の腕に関節技を極める。

 小気味の良い音がした。

 どうやら、蛇なのは下半身だけで腕は人間らしい。

 

 再び尾が俺を狙う。

 その尾を両腕でつかみ、俺は振り回す。

 ミスミスという空気を切る良い音がした。

 ジャイアントスイング、遠心力を利用して俺は姦姦蛇螺を壁に叩きつけるように思いっきり投げつける。


 姦姦蛇螺の身体が宙を舞う。

 俺は巨頭オを拾い上げ、壁に叩きつけられた姦姦蛇螺に思いっきり振るってやった。


「破ァァァァァァッ!!!!!!!」

「バッ……馬鹿なッ!?この姦姦蛇螺が……六本の腕で一般妖怪の六倍は強いこの私がァァァァァァッ!!!!」

 姦姦蛇螺は屈辱に叫び、そして潰れた。

 まだだ――渦人形はC級、なればその鍛錬そのものが切り札と言ったところだろう。

 だが、きさらぎ駅、猿夢共に切り札を持っていた。

 霊視で見たくねくねだって必殺技を持っている。

 脆弱なる人間にはとても使えないような必殺技。


「もう一破ァァァァァァァァァァァツ!!!!!!」

 それを使わせないようにもう一度姦姦蛇螺を叩き潰す。


 姦姦蛇螺がコトリバコを落とドロップした。

 中に入ってたのはリゾートで出るような食事とくねくねだった。

 俺は体力を回復し、八尺様に巨頭オの頭部を向ける。


「次はお前だ」


【最終回後編に続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る