4.約束
◆
二〇XX年、令和の時代であったが、その村は和が一つもない
「ぽーっぽっぽっぽっぽ!!!!神聖八尺様帝国皇帝、八尺様ですぽ。これからこの村も支配しますぽ」
八尺様はそのように語った後に、威圧的にリンフォンを魚まで完成させた。
「逆らったら殺すぽ」
そして完成させたリンフォンを握り潰し、破壊した。
突如としてその村のあらゆるテレビにそのような映像が流れた。
地獄を握りつぶすというあまりの衝撃に映像を見た村民の七割が嘔吐し、残りの二割は失神、最後の一割は悪夢を見たという。
あまりにも鮮烈な映像デビューであった。
「先祖にならって、八尺様を封印しようや」
「封印ちゃうわ、今度はもう……殺す」
「ほな皆の衆行くでェェェェェェェェェェェッ!!!!!!」
村役場で慎重に会議を行った結果、八尺様の抹殺を決意。
十分後に全滅。
くねくねヌンチャクを使うまでもなかった。
八尺様討伐レイドバトルに参加した村人は皆、神聖八尺様帝国でくねくねと共に奴隷労働を行うこととなった。
「八尺様には叶わへん……八尺様をぶち殺せる奴を呼びましょう……」
「しゃーない、ワシらの実力不足や……」
「絶対、あいつ殺そうね……」
「一回、殺し屋雇ってみたかったんですよね」
総取っ替えとなったメンバーで慎重に会議を行った結果、村の外に助けを求めるという意見で一致。
やはり、十分後に全滅。
「ぽーっぽっぽっぽっぽ!!!!この神聖八尺様帝国は侵入も脱出も許さない究極の国ッ!」
神聖八尺様皇帝は、国土交通轢殺大臣、文部科学消滅大臣、外務戦乱大臣、私法私刑大臣の四大臣を用意し、村人の徹底支配を行うと同時に日本国との戦争に向け、着々と準備を進めていた。
◆
かつてとある村だった神聖八尺様帝国の支配領域、農家の軽トラが駆けていた広い道路を、屋根のない豆電車が走っていた。
先頭の運転席に座るのは車掌めいた格好をした猿。
ならば遠い昔に失われた名前に従って、おさるさん電車と呼ぶべきだろうか。
「ヒャッハァァァァァァッ!!!!まもなく私が行きます!!!私が到着するとアナタは怖い目に遭いますよォォォォォォッ!!!!」
猿が嗜虐的な笑みを浮かべて叫んだ。
その声に応じて、おさるさん電車に乗った小人達が歓声を上げる。
ボロキレを着たモヒカンの小人である。
おさるさん電車は時速十キロメートル、ママチャリよりも遅い。
その見た目に違わぬ速さである。
その電車の目的地は東京駅でもなければ、本土で唯一県庁所在地の駅なのに特急列車が停車しないJR奈良駅でもない。
「ハァ……ハァ……」
猿の車掌の視線の先には、必死でおさるさん電車から逃げようとする十歳ほどの少年の姿があった。
厭らしい速度の出し方をする。
少年が速度を上げようとすれば、おさるさん電車も速度を上げ、少年が速度を落とせばおさるさん電車も速度を落とす。
付かず離れず、少年の限界を待つかのようにおさるさん電車はゆっくりと走っている。
「さぁ!アナタ!夢は絶対現実になります!そのことをこのS級妖怪であり神聖八尺様帝国交通轢殺大臣でもある猿夢様が教えてあげましょうねェェェェェッ!!!!追いつかれれば活けづくり……いや」
猿の車掌――S級妖怪猿夢が指を鳴らすと、おさるさん電車の先端部分が展開しドリルとなった。
「挽肉がいいでしょうかァァァァァァッ!?子供はハンバーグが大好きですからねェェェェェッ!!!!」
「うわあああああ!!!」
思わず後ろを見てしまった少年が悲鳴を上げる。
そのドリルが少しでも身体に触れるだけでアウトだ。
少年の青ざめた顔を見て、猿夢はおさるさん電車のスピードを上げた。
「さぁ、頑張って走ってもらいましょうか、ちょっとでもスピードが落ちれば……今夜の夕飯は大好きな大好きなアナタのハンバーグの完成ですからねェェェェェッ!!!!」
「ヒャア!!!」
猿夢の声に、おさるさん電車の小人達が再び歓声を上げた。
猿夢――恐るべきS級妖怪である。
何の因果もない相手を己の領域である夢の中に誘い込み、その夢の中で徹底的に惨殺してしまうという恐るべき性質を持つ。
夢であるならば現実には影響はないのだろう?
否、夢の中で殺されれば、現実でも死ぬ。
夢ならば覚めることで逃げられるのだろう?
否、どれほど目覚めても年単位で猿夢は獲物を追い回す。
もしも猿夢から逃げる方法があるとするならば、それは永遠に眠らないこと――結果としては永眠である。
その恐るべき妖怪が現実世界で猛威を奮っていた。
何故か。
まあ、そういうこともあるだろう。
夢は見るだけのものではなく、現実で叶えるものでもあるのだから。
「十、九、八、七……」
猿夢はいやらしくカウントをしながら、距離を詰めていく。
ドリルが旋回し、空気を切り裂く。
凄まじい機械音は否が応でも少年にその威力を想像させてしまう。
背後は見ない。
ただ、前だけを見て走り続ける。
であるというのに、ドリルがその背に今まさに迫っているというのを感じ取ってしまう。
「四、三、二、いぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
カウントが零にならんとしたその瞬間、猿夢は一を弄ぶように引き摺り回し始めた。
厭な笑顔だった。
妖怪の笑顔だ。
とうとう、ドリルが少年に辿り着く――その瞬間になって到達しない。
それで希望が持てる――はずがない。
ただ処刑が長引いただけで、自分が死ぬという運命が変わるわけではない。
さらに、カウントダウンである意味出来てしまっていた覚悟が、空を切るわけだから余計に悪い。
いつ訪れるかわからない死。
少年の命は完全に猿夢に弄ばれている。
涙で滲んだ少年の視界の先に、誰かがいた。
助けて、そう言いかけた。
縋りたい。
けれど、助けを求めればその相手だって殺されてしまう。
助けを求める言葉を呑み込んで、少年は「来ちゃダメだ!」と叫んだ。
「わかった、助けるよ」
滲んだ視界の先で、誰かが太い声で言った。
瞬間、不思議と涙は引っ込んでいた。
「……ち。ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇブフォッ!」
今まさに少年が挽肉に変わらんとした瞬間、少年の頭上を誰かが飛んだ。
咄嗟に少年は振り返る。
若い男だった。
年の頃は高校生ほど。
Tシャツにジーンズ、服の上からでも鍛え上げられていることがわかる。
奇怪なことに、その背には巨大なハンマーのようなものを背負っている。
その男の飛び蹴りが猿夢の腹部に突き刺さり、くの字になった猿夢が車両から吹き飛んだ。
コントロールを失ったおさるさん電車が緩やかに減速していく。
「ガッ……ブフォッ……」
黄色い胃液を吐き出しながら、おさるさん電車の運転席に立つ男を指さして猿夢は叫ぶ。
「何をボケっとしているッ!活けづくりッ!活けづくりですよォォォォォォッ!!」
「おおおおおおおお!!!!!」
おさるさん電車に座っていたモヒカンの小人達が一斉に立ち上がり、刃物を構えた。
活けづくり――恐るべき殺人方法である。
魚に対して行うソレを、小人たちは人間で行おうと言うのである。
「逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
その光景を目にした少年が、自分が逃げるのも忘れて叫ぶ。
小人の数は四人ほど、それに対し男は一人だ。
最初の一撃は決まったが、次の瞬間には――少年が残酷なる光景に目を伏せかけたその時。
「破ァーーーーーーーーーッ!!!!」
一斉に飛びかかってきた小人達を、男は背に担いだハンマーを抜き払って、皆まとめて打ち払ってしまった。
ホームランである。
小人達は皆、綺羅星となって昼の空に消えていく。
「わっ……わぁ……」
凄まじい光景だった。
凄まじいというのは、まず膂力である。
巨大なハンマーであった。
柄の部分だけで子供ほどの大きさがある。
それを右手で振るってしまうのである。
さらに言えば、そのハンマーも凄まじい。
そもそも正確に言えばハンマーではなかったのである。
「巨頭オですと……ッ!?」
驚愕に猿夢が叫ぶ。
巨頭オ。
その名前が表す通り、巨大な頭をしたC級妖怪である。
通常の人間の十倍の大きさはするであろう頭部を左右に揺らしながら、両手をピッタリと足につけ、獲物を追い回す。
その巨頭オが武器として振るわれていた。
「振るい心地最高だぜ」
猿夢の方を見て、男が笑いかける。
「お前も、アイツらと一緒に星座になってみたらどうだ?」
「……いえ、アナタこそお星さまになって私の悪夢を見守っていただきましょうか」
猿夢の口調は抑えたものであったが、その言葉は震え隠しようのない感情が滲んでいた。
さっきまでは一方的な殺人であった。
だが、目の前に現れた相手は違う。
殺し合いになる――なれば、怒りは抑え込み冷静な殺意に変える。
そして、殺す瞬間に徹底的にストレス解消殺戮してみせる。
猿夢は覚悟を決めると、指を鳴らした。
「次は……テクニカル挽肉ッ!!」
瞬間、何かを察したのか男は運転席から飛び降りた。
おさるさん電車は突如として垂直に起き上がり、連結した次々に変形させていく。
手に。足に。胴に。関節に。頭部に。
「夢は大きい方が良い……凶器も大きい方が良いッ!」
起き上がったおさるさん電車は完全変形を遂げ、三メートル級の猿顔の巨人と化した。全身鉄製の最終兵器である。
人間は脆弱な生物であるがゆえに、本来ならば猿夢の殺意がここまでのところに辿り着くことはない。
しかし、くねくねと同じように猿夢もまた――自身の能力で殺しきれない相手に対する切り札を持っているのだ。
猿夢は凄まじい跳躍力で頭部コクピットにドッキングした。
猿夢を守るように強化ガラスのシールドが展開する。
「我らが八尺様よりも巨大なこの力で……永遠の悪夢を見せて差し上げますよォォォォォォッ!!!!!」
両腕には拳の代わりにドリルが装着されている。
そのドリルが高速回転を始めた。
牽制のジャブであろうが、必殺のストレートであろうが、如何なる種別を問わず命中すれば相手を挽肉に変える必殺の拳である。
鉄の巨人が男に向けて拳を放った。
疾い拳である。
プロボクサーのパンチの速さが時速四十キロメートルと言われている。
時速四十キロメートル、自動車が市内を走る程度の速度である。
鍛え上げた人間はその身に機械の速さを有することが出来る。
ならば、人間を上回る怪異――それが用意した機械の速さは如何か。
測定不可能だ。
鉄の巨人の拳が男のもとに届くよりも速く、男はその腕を駆け上り、猿夢のコクピットに巨頭オを見舞っていたからだ。
「破ァァァァァァッ!!!!!!」
巨頭オの巨大なる頭部が強化ガラスを粉砕し、そのまま猿夢を叩き潰す。
「馬鹿な……この猿夢が……夢を現実にするために人間をコツコツと惨殺してきた猿夢様が……こんなところでェェェェェェェェェェェッ!!!!!!」
叩き潰された猿夢の身体が絶叫と共に消滅した。
二度と夢を見る場所に行くことはないだろう。
「大丈夫か?」
男は飛び降り、少年に声をかける。
「助けてくれてありがとうございます……あの」
少年は深々と頭を下げた後、男に尋ねた。
「お兄ちゃん、見ませんでしたか?」
「お兄ちゃん?」
「神聖八尺様城に行ってしまったんです……」
「君のお兄ちゃん、あそこに行ったのか!?」
思わず、男は驚愕の声を上げた。
「はい、八尺様を倒して皆を助けるって……」
「そうか……じゃあ、まぁ、ちょっと見てってみるよ」
「えぇっ!?」
次に驚愕の声を上げたのは少年だった。
ちょっと見てってみる。
神聖八尺様城はそんな生易しい場所ではない。
八尺様、及びその配下たる四大臣――いや、今はもう三大臣が守っている場所だ。
「行って大丈夫なんですか……?」
「兄ちゃん、探してんだろ?」
「それは……そうですけど」
「じゃあ、俺に任せとけよ。ちゃんと君の兄ちゃんを連れ戻しておくからさ」
悲しい瞳をした男だった。
瞳には今も過去の悲しい映像が焼き付いているに違いない。
けれど、少年に向ける表情は優しかった。
しかし、冷静に考えれば、見たことのない男だった。
少なくとも村人の中にこのような男はいない。
そして外務戦乱大臣の手によって村への出入りは厳重に制限されている。
しかも、血に飢えたロボット犬も野生化して、村の出入り口周辺を彷徨いている。
「アナタは一体……」
「そこに寺があってさ……」
男が指し示した先にはかって『悪霊とか妖怪とか絶対殺す
だが、妖怪たちによって「ニコニコ平和寺」という名前に変えられ、ドーベルマンも厳重に管理されるようになった今の寺に、かつての面影はない。
「そこで……」
俺はそう言って、目を閉じ、爺ちゃんと住職のことを思い出した。
二人に助けられて、生き方を決めた。
八尺様を倒す――そのために道場と寺で修行し続けた。
その成果が試される日が来た。
「生まれたんだ」
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