3.逃走


 ◆


「あー江戸時代、今日も江戸時代やなぁ」

「ほんま、江戸時代日和やで」

「まだ明治は遠そうやなぁ」

 数百年前、村人たちが和やかに言葉を交わす江戸時代。

 まだ村に『致死率十割神社』どころか、その前身となる『八尺様封印記念、ざまぁみろ一生ここで鉄の塊に埋まってろ神社』すらなかった頃の話である。


「てぇへんだ!」

「どないした熊五郎!?」

「村に妖怪がおる……身長は八尺ぐらいや!呪力を見るにAランク相当の奴やで!!」

「そら……大変やんけッ!!」

「もう村人が五十人ばかし呪い殺された!!!このままやと村は全滅や!!」

「……そら、もう……生き残った全員でリンチするしかないわ!」

「近寄ったそばから八尺の奴に呪い殺されるんちゃうんか!?」

「けど、誰かしらは生き残るやろ……生き残った奴でその八尺……どついたれええええええええええええ!!!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 かくして村人は決死の覚悟で突如として現れたA級妖怪、八尺様にレイドバトルを仕掛け、最終的にはドラム缶にぶち込んで、コンクリを流し込んで固め、さらにドラム缶ごと鉄の塊に埋め込み、勢いで神社も建立したのだという。


 それが『八尺様封印記念、ざまぁみろ一生ここで鉄の塊に埋まってろ神社』の始まりであり、この村に今も伝わる恐怖――八尺様なのだ。


 ◆


「封印されていたはずの貴様が……何故ッ!?」

「ぽっぽっぽっぽ、それはこのくねくねに聞いてみたらどうぽねぇ?」

 八尺様の手の中でぐねりと曲がっているくねくねの姿を祖父は幻視する。

 A級妖怪八尺様――確かに恐ろしいが、それでも呪力においてはくねくねが圧倒的に上回る。一体、何が起こったというのだ。


「ぐ……ぶぇ……許して下さい……八尺様……俺たちくねくねは……平和にくねくね谷で暮らしているだけの妖怪です……人間だって絶滅させないように三日に一回しか襲いに行きません……」

 重力に従うままに八尺様の手からだらりとぶら下がったくねくね、その心と身体は完全に折れており、呪文のように命乞いを繰り返している。


「くねくね、説明してやるぽ……自分たちに何が起こったのかをねぽ」

 そう言いながら、八尺様は雑巾を捻るようにくねくねの身体を捻る。

 しかし、くねくねとて成人男性の腕ほどの太さがある妖怪である。

 それを容易に捻ってしまうとは――八尺様の筋力、尋常ではない。


「うう……」

 身体を限界まで拗られたくねくねは涙ながらに語り始めたのである。


 ◆


 調子?

 乗ってました。

 俺、くねくねですから。

 くねくね、知らない人います?

 インターネットでも有名ですし、かといって他の雑魚と違って女体化も殆どされていない……聖域みたいなもんですから。

 見ただけで狂わせる。

 しかも封印なんかされちゃいない。

 俺が外で散歩してるのを見るだけで、生まれたてのガキだろうが死にかけのジジイだろうがアウトです。

 脳、破壊されちゃいますから。


 そうです。

 八尺様が封印されてる鉄の塊に遊びに行きました。

 家族と一緒にね。

 家族?そりゃ、いますよ。

 他のところのくねくねは知りませんけど、くねくね谷に住むくねくねは別名くね民とも呼ばれていて、社会的なんですよ。

 楽しいくね民一家です。

 くね民パパとくね民ママ、で俺がいてね。


 嬉しかったなぁ。その日は。

 普段は仕事で忙しいパパが、特別に休みを取ったって言ってくれたんですから。

「一緒に人間どもをぶち壊しにいこう」って。

 一緒に遊んでくれる最高のパパですよ。

 で、パパと俺で人間の脳を破壊する前に八尺様のところに行くんですよ。


 俺ら好きですからね。

 封印されてる間抜けな妖怪。

 だって、人間なんて姿をちらっと見せただけで壊れるか弱い生き物じゃないですか。

 あんなんに封印って……笑えますよね。

 で、外に出る前に八尺様のことを小馬鹿にしてから行こうって。


 正六面体の綺麗な鉄塊ですよ。

 自分の顔が映りそうなぐらいにピカピカで……もっとも自分の顔じゃ自分の脳はこわれませんけど。

 その中にコンクリ詰めにされた八尺様が埋め込まれている。

 もうニンマリが止まりませんよね。

 でっかい声で悪口を言ってやろうと思って、息を深く吸い込んでる途中で――気づいてしまったんです。

 滑らかじゃない。

 その鉄の塊に奇妙な凸があるんです。

 外側に大きく出っ張った――そう、内側から殴ったみたいな跡。

 ありえないじゃないですか。粘土じゃあるまいし。

 いや、粘土だって外側からならともかく、内側からなら自由に動いたり出来ませんよ。


「行こうよ、パパ」

 なんだか怖くなって、俺はそんなことを言いました。

「はは、臆病だなぁ……こんなものは経年劣化さ」

「違うよ……これは……」

 ぽ。

 声が聞こえました。

 厭な声でした。

 ほら、黒板。

 黒板引っ掻いた時にキィって厭な音鳴るじゃないですか。

 黒板引っ掻いて鳴る「ぽ」って感じの声でした。


 次の瞬間。

 蛹から成虫が出てくるみたいに、内側から鉄がぐにゃあって開きました。

 それで出てきたんです。

 ええ、そうです。

 八尺様ですよ。

 足の方にコンクリの跡が残ってました。


「ひいいいいいいいい」

 思わず悲鳴を上げてました。

 でもパパは愉快そうに笑って言うんです。

「おいおい、たかがA級妖怪の封印が解けただけじゃないか」

 で、パパは必殺の構えを取りました。

 そうです。

 SSS級呪術――大獄炎邪冥撃ですよ。

 そりゃ、俺らだって人間の頭を壊す以外のこと出来ますよ。

 ま、人間なんて脆い生き物に使う必要は無いんですけどね。


 地獄の炎に似た火炎がパパの口から吐き出されて――八尺様に向かって放たれました。ま、一撃死は間違いないですよね。所詮、相手はA級ですから。そう思ってました。

 凄い跳躍でしたね。

 八尺様、高く跳んで……パパの攻撃、避けちゃったんですよ。

 いや、避けるだけじゃありません。

 攻撃目標を修正しようとしたパパの脳天にドスン。

 太い両足で踏んづけちゃったんです。

 パパ、もう一生くねくね出来ないんだろうな――そう思いました。

 釘みたいでしたからね。

 八尺様っていう巨大な金槌で地面に埋め込まれちゃったんです。


「助けてえええええええええええええええ!!!!!」

 次の瞬間、思いっきり叫びました。

 そしたら、わらわらとくね民谷の仲間達が集まってきてくれたんです!


「テメェクソ妖怪!!」

「朝っぱらからふざけやがって!!」

「ぶっ殺してやる!!」

 安心しましたね。

 そりゃパパは一撃でやられましたけど、けどやっぱ八尺様って所詮はA級ですから。くねくねの集団に勝てるわけ無いじゃないですか。


「ヒィィィィィ!!!!」

「やめ……」

「身体、二つに割れちゃった」

 阿鼻叫喚でしたよ。

 くねくねの呪術を回避して、八尺様が襲って回るんですよ。

 拳一発でアウトです。蹴りでもアウト。千切られたり、投げられたりもしてました。で、そうやって八尺様がくねくねをボコボコにしている内に、なにかを思いついたみたいにニコ――って笑ったんです。

 厭な笑顔でした。

 妖怪の俺が言うのもなんですけど、妖怪の笑顔ですね。

 周りの喜びを吸い取ってしまうような笑顔ですよ。


 気絶したくねくねを拾い上げて、びゅんびゅんって。

 振るんですよ、鞭みたいに。

 べしっ。

「ひええええええええええええええ!!!!」

 べしっ。

「やめてええええええええええええ!!!!」

 べしっ。

「いやあああああああああああああ!!!!」


 くねくねでくねくねを打っていく地獄みたいな光景でした。

 でも、それにも途中で飽きたのか――くねくねを使いあぐねている、そんな途中に八尺様の奴、気づいちゃったんです。


 リンフォンですよ。

 知ってます?

 正二十面体の、ソフトボールみたいな置物ですよ。

 でも、パズルみたいになってて変形するんです。

 熊の形、鷹の形、魚の形の順にね。

 で、気づきません?

 アナタがアナグラムに好きならすぐに気づくでしょうね。

 リンフォン――RINFONE、その綴りを並び替えるとINFERNO――つまり、地獄になるんです。

 そうです。

 最終形態――魚を完成させると地獄に繋がるパズルなんですよ。

 そのリンフォンが偶然二個落ちていたので、八尺様凄いスピードで魚を完成させたんです。

 で、その二匹の魚をさっきまで鞭として使っていたくねくねの両端に括り付けました。

 魚――その形の持ちやすさを見て、気づきましたよ。


 ああ、鞭くねくねからヌンチャクねくねになったんだなって。

 地獄がエンハンスメントされて、すごい威力になってました。


 そっからはもう、俺立ち上がる勇気もありませんでしたよ。

 次々にくね民谷の愉快な仲間たちが瞬殺されていくんですもん。

 それもヌンチャくねくね――ある意味、仲間の手によってね。


 もう皆途中から抵抗を止めて、土下座を始めてました。

 屈辱でした。そりゃもちろん。

 A級妖怪ですからね、所詮。

 でも、思ったんですよ。

 妖怪ランクっていうのは呪力で判断されるものだから――妖怪ランクでは評価されない項目があるんじゃないか、って。


 例えば――筋力、あるいは技術。

 そういうのを八尺様があの封印の中で磨き上げて、ランクの上ではAながら実際の強さはSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSとんでもないドS級になってしまったんじゃないかって。


 ま、深く考えてもしょうがないですけどね。

 俺もう……ただのヌンチャくねくねですから。

 命乞いするだけの存在ですよ。


 ◆


 くねくねはそのような話を滔々と語った。

 恐ろしい話だった。

 くねくねの話を聞きながら、八尺様は嘲笑う。

 本当に厭な笑みだ。

 唐突に世界の誰かの笑みが消え失せて、その奪った笑みで笑っている――そんな笑顔をしている。


「ぽーっぽっぽっぽっぽ!!!!私はあのリンチで呪力の限界を学んだぽ……それと同時にあの封印の中で気づいたんだぽ!八尺という恵まれた身体、活かさぬ手は無いぽってねぇ!!!!」

 岩――いや、山だ。

 まるで山を相手にしているかのような威圧感だ。

 八尺という高さに筋肉が上から下までみっしりと詰まっている。

 立ち向かう祖父の身体は五尺と少し。

 小さく背を曲げたその姿は、妖怪に立ち向かうにはあまりにも絶望的だ。


 それでも――


「間抜け妖怪が筋トレしたってだけじゃねぇか」


 それでも、強い言葉を吐かなければならない。

 祖父は目を閉じたまま立ち上がった。


 孫を殺され、足元には親友である住職の死体が転がっている。

 そして、ここで退けば孫はゴミのように殺される。


 立ち向かわなければならない。

 例え誰が相手であろうとも。


「ぽーっぽっぽっぽっぽ!!!!私とやるつもりなんだぽぉ!?」

「殺るつもりだよ」

 太い言葉を吐いた。

 隙を見て孫を逃がす――もうそういう話では無くなっていた。

 武器はない、素手だ。

 身体はガタが来ていて、相手は八尺様。

 あるとすれば――それは心のなかに燃える感情だけだ。

 例え、死んだって――感情で身体を動かす。

 そういうことをする。

 しなければならない。

 足をもがれようが、

 心臓が止まろうが、

 首が爆発しようが、

 動いて、孫の未来を守れ。


「ぽ」

 八尺様が妖怪の笑みで笑った。


 ◆


「もっとも流石の法力だぽねぇ、私の拳でも流石に痛いから、途中で拾った金属バットを使わざるを得なかったぽ」

 俺の前に現れた女が、そんなことを言って笑っていた。

 なにもわからなかった。

 入れないはずなんじゃないか、とか。

 全然くねくねの姿じゃないじゃないか、とか。

 でも、そういうことよりも気にかかったことがあった。

 女のワンピースは血でべっとりと濡れていた。


「その血は……」


「ぽ」「ぽ」

 言葉ではなかった。

 絶望そのものを口から吐き出したようだった。

 俺の視界が暗くなり、心臓が直接握られたかのように苦しい。

 目の前の女は住職と爺ちゃんの声で、鳴いてみせた。

 獲物を自慢するかのように。


「お前のジジイは大した奴だったぽねぇ、死んだ後もちょっとは動いて、ヌンチャクを壊したからびっくりしたぽ……帰ったら予備を取ってこないといけないぽねぇ」


 呼吸が出来ない。

 絶望が身体中に広がっている。

 逃げるとか、そういうことも出来ず立ち尽くしていた。

 脳が生きる方法を忘れてしまったかのようだった。


「……じゃ、殺すぽ」

 金属バットが俺に迫る。

 脳天に金属バットをかまされて、おそらく爆発したみたいになるだろう。

 兄ちゃんみたいに。


 なにも出来ずに、俺はそれを受け入れようとしていた。

 どん。

 衝撃が走った。

 頭じゃない、胴体だ。

 突き飛ばされた。


 そこには首のない住職があった。


『絶対に守る』

 住職の太い言葉を聞いた気がした。

 多分、爺ちゃんもそういうことをしたのだろう。

 聞いたことがある。

 ギロチンで首を刎ねられた後も三十秒ほど意識があるのだという。

 つまり人によってはこれぐらい動く。

 住職が盛り上がった僧帽筋で金属バットを受け止め、手で出口を指し示した。


『行け』

 そう言っている気がした。

 そこから住職は女にタックルを仕掛けに行った。


 その戦いがどうなったのかはわからない。

 走って、走って、走って――俺は逃げることに成功した。

 いや、成功と言えるのかどうかはわからない。

 あれから夢は悪夢しか見なくなった。

 あの女もいつ俺の前に現れるかわからない。


 それが始まりの話だ。


 ◆


 あれから六年――致死率十割神社は、神聖八尺様帝国と化した。

 今から始まるのが、決着の話だ。


 俺が巨頭オを素手でボコボコにしたところから物語は再び始まる。


 【続く】

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