第3話『空ウツボの白焼き』

 ヨッちゃんの元でたびたび世話になる日が続く。

 ちょっとした小間使いから、解体のアルバイトなんかをもらって生計を立てていた。


 そして轟美玲生誕祭当日、俺に割振られた仕事は特殊調理素材の空ウツボの下処理だった。


「悪い、ポンちゃん。実は予定していた板前がとあるレストランに引き抜かれちまってよ。急遽下処理ができるやつがいないかって話が持ち上がったんだ。できそうか?」


 モーゼでも任せてもらってた仕事の一つである。

 俺は二つ返事でその仕事を引き受けた。


「あんたが藤本が連れてきた職人か。本当に大丈夫なんだろうな?」


「下処理だけでいいなら何本かこなしたことがあります。今日はお願いします」


「そこまで自信があるんあら一本捌いてみろ。それを見て判断してやる」


 焼き台の前に立つ職人は厳しい目で俺を見た。

 ステータスが低いというだけで信用がない。


 けど、ヨッチャンが推薦してくれたのもあって、俺は挫けることなく空ウツボを借り受ける。


 まずは三枚おろし。

 この魚は肝がとにかく破れやすく、これが破れた瞬間三流の下魚に落ちぶれるくらいに繊細な魚だ。


 扱いが難しいとされるいちばんの難所はとにかく素手で長い時間触らないこと。


 スキルで細く薄い包丁を出して、手際よく肝を避けて三枚に下ろした。


「ほう、この段階で透き通るような身の色。これぞまさしく空ウツボだ。串打ちも任せられるか?」


「ご用意いただけるのなら」


「すぐに用意する。おら、炭火用意しろ! 今日は最高の空ウツボを売るぞ!」


 まずは認めてもらえたようだ。

 用意された串で透明すぎる身の中心を狙って穿つ。


 焼き色がつけば、身はようやく目視可能なくらいの透明度になるが、とにかくこの状態では見えにくい。


「一本目、終わりました。次の下処理できます」


「今持ってく!」


 空ウツボはとにかく鮮度が命。

 〆てすぐ氷漬けにし、解凍したらすぐに捌かなければダメになる難しさも併せ持つ。


「藤本、接客はいいから解凍手伝え」


「へーい」


 売れると確信しているのだろう。

 焼き手の職人さんは俺に細かな指示を出し始めた。


 ヨッちゃんは手のひらサイズで魔法が使えるので、解凍班に回された。

 一緒に仕事できるのもあって、内心ほっとしている。


 とにかくステータスの低さが理由で何を言われるか覚悟しなくちゃいけないのもあり、気が気じゃないのだ。


「あの人に、なんとか認めてもらえたかな?」


「あれはなんとかってレベルではないと思うぞ? めちゃくちゃ褒めてる。まるで自分が空ウツボの串焼き名人になった気分になってるし、機嫌もいいよ。今回はポンちゃんを誘って良かった。おまけにオレの人を見る目も認めてもらえたしな」


「流石にそれは褒めすぎでは?」


「いやー普段はもっとおっかないんだぜ? あのオッサン。オレなんてステータスの低さを扱き下ろされてボロクソ言われるもんよ。そんで、売上が悪いのはお前のせいだーって、何時間も説教喰らうんだよ。自分の腕の悪さを棚に上げてさ」


「ははは」


 乾いた笑いを添えてお茶を濁す。


 そのあとは普段とは異なる匂い、焼き色に釣られたお客さんが飛びつくように店に行列を作り、雑談をする暇なく手を動かすだけの機械となった。


 俺の仕事が通用してるのが嬉しくて、少し張り切り過ぎてしまったか、下処理を終えた空ウツボに対して焼き台と焼き手が不足する事態へ。


 そこで急遽俺まで焼き手として駆り出されることに。

 焼くのは初めてのことだが、見様見真似で自分の直感を信じて焼き上げる。


 するとそこへ匂いに釣られたお客さんが現れた。

 とにかく容姿が派手な少女が、俺の前で焼き上がる空ウツボを観察している。


「お、見る目があるね。今日は本物の職人を招いての販売だよ。何本買う?」


 ヨッちゃんが過大評価で俺にプレッシャーをかける。

 そこ、余計なフレーズを添えるんじゃない!

 ほら、周りの同業者から注目されちゃうじゃないか!


「本当ですかー? とりあえず一本お願いしていいですか?」


「あいよ」


 俺の非難を他所に、ヨッちゃんはマイペースに精算を行う。

 ちょうど焼き上がった白焼きを串のまま紙袋で包装し、手渡す。受け取った少女はすぐに表情を綻ばせていた。


「ウソ、これ本当に空ウツボ? ほっぺたが落ちると思ったわ!」


 お世辞でも嬉しいことを言ってくれるものだ。

 少し気分が良くなり、焼くのが楽しくなる。


 俺以外の焼き台にもパフォーマンスに釣られた客が一斉に押し寄せる。もしかして、俺が知らないだけで彼女は有名人なのだろうか?


「ミサミサ、そんなに美味しいの?」


「カヨっちも食べた食べた。これはA級判定されても文句ない味だよ。これなら一本どころか30本買ってもお釣りくるよ!」


「流石にそれは食べ過ぎだよ」


 本当に30本お買い上げいただいた。

 若いのに一括払いできるほどの所得を得ているんだろうかと心底びっくりする。

 これがステータス格差ってやつか。


 もし自分が同じ金額を持っていたとして、これに大枚叩くだろうか?

 一本15万円する串を30本お買い上げする。

 そんな決断、早々に下せない。


 けど、少女達は惜しくもないように買った。

 俺の焼き上げた商品を認めてくれたのだ。


 いまだに実感が湧かない。

 捌いた技術にじゃなく、初めて焼いた魚に価値をつけて、それでも安いと言ってくれたのは素直に嬉しかった。


「金を持ってる人は持ってるもんなんだなー」


「それこそ生まれ持ったステータスが高いんじゃないか?」


「あの若さで勝ち組か。羨ましいねー」


「拗ねるな拗ねるな。俺たちも俺たちに割り振られた仕事しようぜ?」


「でもさ、憧れはあるじゃん」


「まぁな」


 遠くなる少女達の背中を見送りつつ、どこかで諦めきれない野望を燻らせる。


 そして一夜が明け、ヨッちゃんが突然切り出した。



「オレ、今の職場辞めてさ、配信者になろうと思うんだ」


「は?」


 切り出した内容に頭がついていけず、自分でも驚くくらい変な声が漏れ出る。


「オレ、ダンジョンセンターやめて探索者になるよ」


「待て待て待て。総合ステータスFだろう? 探索者はD以上しかなれないはずだ」


「これを見てみろ!」


 まるで勲章の様に掲げられたのはナンバーカード。

 そこにするされた総合ステータスはDに到達していた。


 いつの間に?

 どうやって?

 そしてどうして今になって?


「いつの間に!」


「実はさ、昨日一本くすねたんだよね」


 何を? とは聞かない。

 昨日やっていたことなんて一つしかないからだ。


「オレの分は?」


「本当に悪いが、残そうと思う意識が持ってかれちまうくらいうまかった」


 その感覚には覚えがある。

 人は自分に適した食材を口に運ぶ時、目の前から食材が消える感覚に陥る時があるらしい。


 適合食材。

 ヨッちゃんの適合食材は、轟美玲と同様に空ウツボだったのだろう。

 本当は半分は俺に分け与えるつもりだったと弁明する。


 だが、どこを探しても見つけられなかったと述べた。


 そして上がったレベル、ステータス。

 ひと足先に底辺から抜け出すことを俺に告げたのだ。


「おめでとう、ヨッちゃん」


「それもこれもポンちゃんのおかげだぜ」


 少し寂しくなるな。

 これから先、どうやって暮らそうか。

 レストランを追い出されて以降、よっちゃん頼りの日々を送っていた自覚がある。


 途方に暮れている俺へ、まだ話の途中だぜと言葉を続けるヨッちゃん。


「で、だ。ポンちゃん、よければオレたち一緒に組まないか?」


「どういうことだ?」


 俺の総合ステではダンジョンに入れない。

 足手纏いにしかならない。

 それでも連れて行く意味を測りかねていると……


「実はさ、ポンちゃんの腕を見込んで、いろんなモンスターを調理して食べていきたいと思ってさ。そしたらほら、ポンちゃんの適合食材も見つかるかもじゃん?」


 涙が込み上げる。

 もし俺の適合食材が見つかるなら……

 今の最悪な状況を打破できるかもしれないのだ。

 上がりきったレベル上限1/1。

 もし分母が上がるなら、俺もヨッちゃんと同じようにステータスを上げられるかもしれない。


 それに一枚噛まないかと手を差し伸べてくれたのである。

 それを払う手を俺は持ち合わせちゃいなかった。


「俺なんかでよければ」


「じゃ、決まりだな。チャンネルタイトルはどうしようか?」


「あらゆるモンスターを捌いて食うんだろ? 世の中ではそれを美食と呼ぶ。ダンジョンモンスターを全てくらい尽くすんだから、そうだな……」


「ダンジョン美食倶楽部なんてどうだ?」


「それでいいんじゃないか? でもさ、やる気だけあっても機材がないだろ? それはどうするんだ?」


「チッチッチ。それがあるんだなー」


 ヨッちゃんは指を振り、意味深なセリフを吐く。

 取り出されたのはとある会社の名刺。

 それは世界中のダンジョンにネットワークを繋ぎ、お茶の間へホットラインを繋ぐサービスをつなげるダンジョンチューブという会社の概要が記載されていた。


 総合ステータスFから参加可能。

 人数問わず。条件はダンジョン内での行動がされていれば大丈夫というゆるい条件しかない。


 事前に登録さえしておけば、あとはカメラなどの機材も貸し出ししてくれるんだそうだ。


 世の中にそんなありがたいサービスがあるなんて知りもしなかった。

 いや、知っていたとしても実行しようとは思わなかっただろう。


 ダンジョンに入るのに、ステータス制限がある。

 これに抵触している限り、自由など許されないからだ。

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