第2話『ゴブリンの耳のさっぱり煮』
空腹が限界を迎え、モーゼに蜻蛉返りするも新しいオーナー指導の元、新体制が引かれたのか、用意されてるであろう残飯は一つも見あたらなかった。
流石にすぐに用意できるほどの時間は経ってないか、それともまた何か内部で一悶着あったか。
触らぬ神に祟りなし。
今は接近はやめておこうと古巣を離れる。
俺が世話になった街は東京の武蔵野市。
周囲では凄腕探索者の生誕を祝うパレードが行われ、あちこちで適合食材の空ウツボの串焼きが販売されている。
ダンジョンを歩いて回り、モンスターを駆逐する専門業者、探索者。
その中でも最高峰の探索者が若干20代の少女というのだから驚きだ。
今は国内を離れて世界で活躍しており、武蔵野市では町おこしも兼ねて彼女の名前を精一杯利用していた。
そして彼女はこの街のレストランに適合食材を持つことはあまりにも有名。
それが俺の世話になっていたレストランモーゼであり、記者会見で適合食材が空ウツボということは割れていた。
なので市内では生誕を祝したお祭りがあちこちで行われているのだが……
匂いでわかる、下ごしらえを失敗したであろう苦味を含む煙がそこかしこから流れてくる事実。
空ウツボは扱いの難しい特殊調理食材としてあまりにも有名なのだが、彼女が一つのレストランでしか食事をしない理由はその一点。
レストランモーゼだけが唯一彼女のお眼鏡に叶う調理法を提示できる店なのだ。それ以外はゴミクズのように払い除ける。
相当な美食家であると噂されている。
あまりいい気分にはなれないニオイを避けながら辿り着いたのは一つの建物だった。
今ではその建物は市民にとっては珍しくもないモンスター解体所、ダンジョンセンター。その武蔵野支部である。
道路に面した立地で、ショーケースには解体されたモンスターの枝肉が値札を下げて飾られている。
建物の中では各レストランのディラーが食材の取引なんかをしており、それを専門の冷凍車で運ぶ作業が見える。
そこで顔馴染みの一人とば当たり遭遇した。
「あれ、ポンちゃん! こんな時間に出てるなんて珍しいじゃん」
ポンちゃん。
「ヨッちゃん! ちょうど良かった」
ヨッちゃん。
当初はフジモっちゃんと呼んでいたが、長すぎるのと新人探索者に不二藻という人がおり、紛らわしいからヨウちゃんに。
俺も洋一でどっちかわからなくなるのでポンちゃん、ヨッちゃんと呼ぶようになる。
ある意味では腐れ縁だ。
彼女は俺と同じく総合ステータスがFと低く、レベル上限こそあるものの、探索者になるにはあまりにも非力すぎた。
それでも持ち前のアグレッシブさで交渉できるのもあり、こうしてダンジョンセンターの下っぱとして日々汗を流して働いている。
性別は女だけど、妙に男臭い。男の気持ちのわかる女性。
常日頃からモテたいモテたいと連呼するし、恋愛対象は女性なので衝突することなくうまく付き合えている。
それはさておき、近況報告。
自身に起きた実情と住む場所、食べる場所を失ったことを告白した。
「なんだって! ポンちゃんを捨てるなんてそのオーナーは正気か?」
なぜか自分のことのように驚いてくれる。彼女だけだよ、そうやって共感してくれるのは。ほとんどの同世代はステータス至上主義者と言っても過言ではないからな。
「ほら、ステータス至上主義者っているじゃん?」
「あー。あのクソの役にも立たな言いがかりを訴える連中な」
「それで、職場を追いやられちゃって」
「御愁傷様!」
「そんで、俺でもできる簡単なバイト先があればなーって」
「うーん、ポンちゃんならどこでもバイトできるんじゃないか?」
「ステータスで差別しないところならなお嬉しいけど」
「それを言われたら途端に働ける場所は絞られてくるな」
「そうなんだよ」
「ちょっと待ってろ。上司に短期バイトできるか掛け合ってくるよ」
「あ、その前に」
「あん?」
「今朝、賄いを食べ損ねて空腹なんだよね。ゴブリンの耳でもいいから端材なんかない? チョチョイとつまみでも作っちゃうから」
「ゴブリンの耳とか、まぁ腐るほどあるけどよ。正直それを選択肢に入れなくてもいいだろうに」
「物のを買うにも金もないんだよ。着のみ着のまま追い出されちゃったから。きっと今頃荷物も焼却場とかに直行してるだろうし、取りに帰ろうにも合わせる顔もないだろ?」
「まぁ、それくらいなら焼却処分のついでに持って来れるが、オレも一緒に見てていいか?」
「いいけど、気分悪くなっても責任取らないぞ?」
「一応、どうやって処理したかは気にしとかないとさ。翌日腹壊したって訴えられても困るし」
一応は俺のことを心配してくれてるらしい。
職員専用の休憩場で調理する。
まずはボウルに湯を張り、耳垢をこそぎ落とす。
続いて塩で揉み込み、臭みを消すのも忘れない。
「塩は湯の温度を上げるのに扱う。胡椒は下味だ。本当は胡麻ドレッシングとかあればいいんだが」
「用立てるには少しステータスが足りないな」
「そうなんだよなぁ」
この世界において、ステータスの格差は日常レベルにまで及んでいる。
コンビニで買い物をするのにもステータスが表記された身分証、ナンバーズカードを持ち歩き、その提示を頻繁に要求された。
塩、胡椒なんかはダンジョンから出土されるのもあり、比較的安価で俺たち低ステータス者にも流通してるが、風味が豊かな食材なんかは高値で取引されており、特に護摩などの貴重品はダンジョンなどでドロップしないこともあって総合ステータスD以上を要求される。
俺がEー(ギリギリEに届かないF)で、ヨッちゃんはF。
先輩を顎で使うにはあまりにも無礼な立ち場だった。
さらには今調理してるのはゴブリンの耳である。
食べ物で遊ぶなとお叱りを食らうのも目に見えている。
茹で上がった耳を俺のスキルで等分に切り揃え、そこに塩を盛り付けていただく。
「出来た」
「おー、素材を知らなきゃそう言う料理っぽい」
ヨッちゃんはゴブリンの耳のビフォーアフターに目をまん丸にして驚いている。
味がどうやら気になるようだが、さもありなん。
見た目通りの味わいである。
あえていうなら食感が心地いい。
ここに醤油とマヨネーズがありゃ、安酒で流せそうなもんだが、あいにくと金があっても門前払いされるステータスなので割愛。
「んー、相変わらず可もなく不可もなく。もう一つ何か加えりゃ化ける可能性はあるんだけどなぁ」
「意外といけるな。コリコリしてて鶏軟骨みてぇ。串にして炙ってもいいんじゃね?」
「あー、それ昔やったことあるけど黒焦げになった」
「圧倒的に脂身が不足してたかー」
「ベーコンで巻けばワンチャン」
「それの旨みはベーコンに軍配が上がるだろ」
「確かに」
いい年をした大人が二人、食事談義に花を咲かせる。
食ってるのはゴブリンの耳ではあるが、ちょうどいい感じに腹は膨れた。
あとは自分の腕を生かす場所だが……そればかりはとんと見つかりそうもなかった。
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