第百三十六話 オレとクロウ・ホーガン義経さんは

蔵人くろうど、ヌシには礼を言わねばならぬ。それに、伝えておきたいことがある」


 とクロウさんは語り始めた。

 

「思い返せば、こうやって生き延びたのも弁慶や、蔵人くろうど殿の未来知識のおかげじゃ。改めて礼を言う」


 と軽く目を伏せる。

 オレの知らない過ごした年月のおかげか威厳を感じる。


「礼なんてあの時はそうするしかなかったからでさ、逆に恥ずかしいからやめてよ。それであの後どうなったの?」

 

「ワシの生涯は知っておるのであろ? 何やら伝えたがっていたようだからの。

 いろいろ端折るが「屋島の戦い」を終えたあたりで、えらい美人の白拍子しらびょうしと出会っての――それが驚いたことに」


 と悪戯っぽい顔にかわり


「シズ姫じゃったよ。静御前しずかごぜんと呼ばれていたがの」

「ええ?!」


 いいリアクションだったらしく、やんやと掌を叩いて喜んでる。


「転移の術で追いかけて来たんだと」

 と脂下やにさがる。


「そのあとのことはヌシも知ってるとおり、兄上源 頼朝に厭われて追討され、藤原泰衡ふじわらのやすひらにいよいよ追い詰められての。

 高館たかだちで家族ともども自害しようとしたのだが、乙姫がくれた通天つうてんの玉を思い出して」


 それで妻子ともども『アの国』まで転移ジャンプして生き延びたってわけじゃ、と語る。


「そうだったんだ。弁慶さんは……」

 と、あの豪快でちょっと慌てん坊な弁慶さんを偲び、声が沈んだ。


「ああ……。あれとは後の世も、また後の世も、極楽浄土で会うことになっておる。そう約束した」


 と少し声が沈む。


「武士として大願を果たし、兄上(頼朝)の剣として生きるつもりであったがワシは人の機微がわからぬ。

 いつの間にかうとまれておったようじゃ」

 と少し寂しそうだ。


藤原業平ふじわらのなりひらのところまで逃げる際に、シズ姫ともはぐれておったが無事連れ戻すことができた。

 いまでは太郎殿も乙姫を助けて、大妖ハデスを奉り封じる神官長をしておる」


 あれ? さっき妻子と転移した後で、シズ姫と合流したみたいなことを言ってたけれども?


「妻子ともどもって誰さ?」

 

「本妻の郷御前とその娘じゃが?」


 結婚してんのにシズ姫まで――いやこの場は静御前か?

 なんだよ、ハーレムかよ。


「さすがに弁慶ばかりが割を食うたようで忍びない。

 頼朝の兄上と、梶原景時もア軍を率いて滅ぼしてやろう、とも思ったのだがの……」


 と少し遠い目をする。

「それをしてしまえば、結局ワルレー軍卿と変わらぬ。目的は違うがの」


 そう言えば、ワルレー軍卿は大妖ハデスを率いて『ラの国』を撃退し、日の本の軍勢を率いて世界を手に入れようとしていたんだっけ。


「それをしない方がヌシのためにもなる」

 とこちらに顔を向けた。

「それをしたら日の本の歴史が捻じ曲がる、と乙姫にとめられての」


「しなかったのは賢明だったと思うよ。弁慶さんには気の毒だけど、あの後で千七百年続く武家社会ができた。

 それはクロウさんが夢見た未来だったんじゃない? ってか、なんでそれがオレのためなのかな?」


 義経さんは、なんと申せば良いか……と、困ったように優しく笑う。


「ワシとシズ姫の間には、産まれた千歳丸ちとせまるという息子がおった。

 兄上から殺されたと思っていたが、あまりにシズ姫が悲嘆に暮れるので、乙姫が未来視してくれての。

 常盤入道念西ひたちにゅうどうねんさいという人物に拾われ、養子となって生き延びたというのじゃ」

 

「それがこれから後、中村朝定なかむらともさだと名乗り中村家は数千年続く――と」


 つまりは? まさかの?


「蔵人よ、ヌシはワシの子孫じゃ」


 まっさかぁ〜?

 

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