第百三十五話 幾千の時を超えて

「見慣れた天井……? ぶぇっくしょい!」


 派手なクシャミをぶっ放し、慌ててあたりを見回す。

 つい最近まで当たり前に過ごして来た、六畳一間のボロアパートだ。


「帰ってきた……のか?」


 寒気がして、クローゼットに仕舞い込んだ綿入れはんてんを引っ張り出し、万年床まんねんどこの布団のそばに置いてある、充電器に差しっぱなしのスマホの画面を覗き込んだ。


「2024年、5月2日の午前9時か……」

 つまり、気を失って義経に憑依した日になる。

 

 明日からは憲法記念日で大学の講習も休みだ。たしか今日はビン、缶のゴミの日で、ビー玉みたいなのが入ったワイン瓶を捨てようとしてたはずだ。


「あれが光って……気を失ってた、のか?」

 

 そのまま義経に憑依して――あれ?

 

 明らかに正史にない出来事が起こっていた。

 あり得ない現象に巻き込まれて、その後の歴史が変わっているかも知れない。

 

「とりあえずテレビをつけてみる、ポチっとな」


 いつも観ている『モーニングなんとか』が、けたたましく今日の天気やら、運勢を伝えてくれる。

 ちなみにスマホをいじって、源義経のWikiを検索してみたが、オレの知ってる以上の情報は出てこなかった。


「ぶぇっくしょい!」


 あかんわ……。

 寒気がするし、体は熱っぽいし学生課に連絡して今日は休もう。


「次からはHPから学生番号を入力すると、出欠の手続きが出来ますよ」

 と優しく教えてくれる職員に、ペコペコ頭を下げて終話する。


 うーん、わからん。ここまでは普通だ。

 いったい何があったんだ? 熱で変な幻想でも観た?


 どのみち医者には診断かかった方が良いだろ――心療内科か、ただの内科かわかんねぇけど。

 あ、明日から休みだわ。

 

 体を動かすのもキツイし、しばらく休めば治るかも知れないし、と布団に横になった。


――真っ白な世界が広がっている。


蔵人くろうどよ、中村蔵人なかむらくろうど殿よ……」


 呼びかける声がする。

 歳の頃は三十は越えている? どこかで聞いたような男の声だ。


「ワシじゃ、義経……いや、クロウ・ホーガンじゃ。久しいの」

 と声がすると凛々しい武将が姿を現した。

 

 尖ったあごの逆流線型な顔立ち。

 細い眉毛の下には涼やかな二重瞼、鼻立ちはどこのアイドルかよ、と言いたくなるような整ったくの字形で、その下には優しげなカーブをえがく唇。

 

 服装は青い直垂ひたたれ(前合わせ部分に紐の付いた服)に、丈の短い、裾絞りの小袴こばかまを履いている。


「クロウさん、その格好?」


 どう見ても、オレの知ってる十五歳のクロウさんじゃなくて、三十みそじを越えた凛々しい侍だ。


「あれから十六年たったからの。やっと落ち着いたからヌシと話がしとうなった」


 と、言うことは三十一歳。

 クロウさん、いや義経が死んだ歳じゃないか?!


「化けて出た?!」


 パニクッていると、

「失礼なやつじゃの、ちゃんと生きておるわ」と愉快そうに笑う。


「主は“通天つうてんの玉”を持っておろう? 透明なビンに入った白い玉じゃ」


「え? 通天つうてんの玉”? あれのワイン瓶に入ってたやつ?」


「そうじゃ」


「で、これどうなっちゃってるわけ?」


「あれは転移の呪術を込めた秘宝での、亀で転移したのを覚えておろ? あの術を外魂の玉に込めたものじゃ。

 さすがに体ごと時空を超えるのは不可能だったから“時の狭間”に魂だけ呼んだ」


 おっほぅ、ついにオレは壊れたらしい。変な夢の続きが追いかけて来やがった。


蔵人くろうど、ヌシには礼を言わねばならぬ。それに、伝えておきたいことがある。幾千の時を超えてもの」


 とクロウさんは語り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る