第百三十四話 帰って来たのか?

「お礼にこれを」

 と、差し出してきた箱。


「玉手箱だの……」

 

 それ、フリですか?


「これは開けても大丈夫なのかの?」

 と困惑顔で尋ねるクロウさん。


「ええ、宜しければ開けてみますか?」

 と乙姫はスルスルとつづら掛けに結ばれた紐を解いてみると、中からは手のひら大の水晶の玉が出て来た。


「太郎様の時は、ちょっぴり意趣返しを仕込んでやりましたが……」

 と軽く太郎さんを睨むと、にこやかにこちらへ笑顔を向ける。


「亡国の危機を救ってくださったクロウ様には、そのような真似をするはずがございません」

 と、イタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべた。


「これは?」


「通天の仙術を仕込んだ玉です。もしもの時にこちらを――」

 と使い方を説明してくれる。


「私からはこれを」

 とシズ姫がおずおずと差し出してくれたのは、“言伝の玉”と“魔除けの勾玉”だ。


「必ず(日の本へ)着いたら連絡をくださいね。きっとですよ」

 と必死の眼差し。

「できることなら、できることなら私も……」

 と言い募りそうになるが、ハッとして顔を伏せてしまう。


 これ以上は自分の我儘わがままで、きっとクロウさんのことを困らせてしまう、と気づいたのだろう。

 これにはいくら鈍感系のクロウさんも、感じるところはある。


「のぅ、シズ姫殿。武士さむらいとは不便な生き物じゃ。志を果たさねば生きながら死ぬのも同じ、と肩肘を張って生きておる」


 大望を果たせれば良し、さもなくば……と言い淀んで笑う。


「まぁ、今しか生きれぬという男じゃ。そんな刹那な生き方に未来の女王を巻き込むわけには行かぬ。了見してたもれ」

 とペコリと頭を下げた。


「いずれ縁あらば会えるであろ、シズ姫にはその時笑っていて欲しいのぉ」

 と染み入るような笑顔を浮かべた。

 互いに笑って話せるように。それまで健やかに過ごして欲しいと告げたいのだろうか。


 ぐっと喉を詰まらせるように息を飲んだシズ姫は、

「……はい」

 とだけ短く告げて頷く。


「私からはこれを」

 と太郎さんがいくばくかの金子の入った袋を手渡して来た。


「路銀も入り用でしょう。他に今回の報酬を、すでに藤原業平ふじわらのなりひら様のところへ送っております」


 もっと必要なら“言伝の玉”を使って連絡して欲しい、とまで言ってくれる。


「かたじけない。遠慮なく」

 とそれを七郎さんに渡すと、丁寧に頭を下げた。


「太郎殿も体に気をつけて。リタ殿も世話になった、あの絶品の料理が食えなくなるかと思えば寂しいが」

 と奥に控える侍女の中にリタさんを見つけると、軽く手を挙げる。


「さて、いざ行かん」

 と大岩の前に進み出ると、何かを思いついたように振り返った。


「ああ、忘れておった。乙姫、ワルレー殿、シズ姫殿も。クロウ・ホーガンとは仮の名じゃ。我が名は……」


 と大岩を背にして胸を張る。


源義経みなもとのよしつね

「同じく武蔵坊弁慶むさしぼうべんけい


 七郎さんは手にした薙刀をブンッと一振りすると、見栄を切ってみせた。


「縁あらば会うこともあろう、覚えておいてたも」

 そう言って笑った。


 大岩からニョキリと亀の首が生えて、手足が現れると、甲羅が光始める。


「いざ、新しい冒険の始まりじゃ」

 と告げると光が視界いっぱいに広がって、何も見えなくなった。


――――目を開けてみると。


 サークライン天井灯が目に入ってきた。


「見慣れた天井……?! ぶぇっくしょいっ」


 派手なクシャミをぶっ放し、慌ててあたりを見回す。

 つい最近まで当たり前に過ごして来た、六畳一間のボロアパートだ。


「帰ってきた……のか?」

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