第百三十二話 別れの予感
あたりに人の気配が溢れていき、『隠遁』を解いて次々とア軍が姿を現していく。
「終わったようだの?」
と笑いかける先にワルレー軍卿の姿があった。
抜剣した兵士が戦車を取り囲む物々しい雰囲気の中で、溢れるア軍の兵を割るようにワルレー軍卿が姿を現す。
「そのようだな」
と顔を白くさせているニジャール皇女を見ながら軽く手を挙げる。
「ぬ?」
どこへなんの合図を送ったのだ? と怪訝な顔のクロウさんに、
「矢を打つなと命じただけだ。なんの備えもなく姿を現すわけがなかろう?」
と薄笑いを浮かべた。
遠間から弓兵がこちらに狙いを定めていたようだ。
おっちょこちょいがいたのか、憂さ晴らしなのかヒョウと放たれた矢が、戦車にカンッと弾かれて落ちる。
もっともそのすぐ後で殴られた悲鳴と、罵倒する上官の声が響いていたけれども。
「ニジャール閣下、貴女を拘束する。抵抗しなければ丁重に扱うが、いかがされますかな?」
と問いかけるワルレー軍卿を、睨み殺すような形相をしていたニジャールは、フゥと息を吐き皮肉な笑いを浮かべる。
「今に万の軍勢が『ラの国』から来るぞ、勝ったと思わんことだ。あくまで交渉したいのなら、剣を引け」
と剣を抜いて取り囲む兵を差し、顎を突き出した。
「それはなるまい」
とクロウさんがしゃしゃり出る。
「まだ我らは
とあたりを見回すと、大きく胸を張り
「皆の衆っ、『アの国』の勝利じゃっ。勝ったぞぉ――ッ」
と大音声を張り上げた。
「「「ウォォ――ッ」」」
と地を震わし、足を踏み鳴らす
「まったく、とんでもないガキだ」
と肩をすくめるワルレー軍卿も、鳴り止まぬ
――――あとから聞いた話だが。
山中での『野伏の計』で追ってきた二百人以上のラ軍は、二十人を残して壊滅したそうだ。
そりゃ見えない敵の足跡を追ってやってきたら、周りは敵だらけなんだもの――当然か?
「潜ませた二十人で矢を射掛け、後続の本体にまで引っ張って一網打尽さ」
とワルレー軍卿はアレは愉快だった、と笑う。
「それもこれも貴様が後ろで掻き回して時間を稼いでる間に、乙姫を避難させることができた上に、後続への使者を出すことができたからだ」
礼を言わねばなるまい、と軽く目を伏せる。
「なんにしても、ラ軍との
あとは
と戦後処理にも手ごたえを感じているようだ。
今後は大妖ハデスの制御の鍵を握る王族中心でやっていくつもりらしい。
「世界の覇権のための永遠の呪いと、一族の安寧を秤にかければ当然、後者だろうからな」
と諦めにも似た嘲笑を浮かべる。
「主は馬鹿をしたのぅ、しばらくは冷飯を食わねばならぬぞぇ。じゃが値千金の武功じゃ。ほとぼりが冷めれば乙姫のことじゃ、理解してくれるであろ」
うむうむ、とこの政治オンチが太鼓判を押している。
やがて訪れる兄(頼朝)との確執と破滅。
すぐにでも伝えようとするのだが、なぜか言い出そうとするとそれを忘れる、言う気が失せてしまう、という不思議な現象に襲われる。
これも歴史の修正力? 神の霊験?
そんなことを考えていたことすら忘れてしまっていた。
「さて、仕事は果たした。我らは用無しじゃ」
と七郎さんの肩を叩き、晴れやかに笑った。
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